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一昨年度の,第19回東京都精神医学総合研究所シンポジウムは1990年12月1日,野口英世記念会館で行われ,その主題は「境界例の診断と治療」であった。近年,「境界例」問題は精神医学の今日的なトピックの1つとして,いろいろな学会のシンポジウムで取り上げられ,また多くの訳書,著書が出版されている。これだけ多く語られるのだから,境界例概念はすでに,我が国の精神科臨床において市民権を得,臨床家の共有財産となっているように思われるが,ことはそう簡単でない。境界例概念を全然使わずに診療している精神科医もあれば,意識的に拒否している人もある。境界例概念に親和性のある人でも,繰り返しいろいろな角度から,この概念を議論しなければならないほど,混乱もしている。都精神研のシンポジウムでは,否定的意見を述べる人はいなかったが,多面的な角度から議論していただけるように演者を選んで企画されたものの,それでもなお多くの問題を残したままに終わった。
境界例の問題は,最近のトピックであるといったが,実は我が国においても30年来議論されてきた古くて,しかも新しい問題である。その事情は小此木啓吾教授がまとめてくださった。境界例概念の発祥の地である,アメリカにおけるその概念の変遷は都精神研の皆川邦直氏のレビュウに詳しい。今日ではDSM-Ⅲ(-R)が普及するとともに,その中で公認された「境界性人格障害」が通用するようになり,「境界例」概念についても疑問を持つ人は減り,一見市民権を得はじめているように思える。しかし,文献的にみて,その症例報告を丹念に読むと,必ずしも均質な病態として把握されていないように思われるところがあるし,著者によってはそれぞれに,自分の「境界」概念を持っておられるように見える節がある。とくに,詳しい症例研究を基礎に,ご自身の見解を発展しておられる研究と,症例を多く集めて統計的手法を借りながら,境界例の特徴を導き出そうとしておられる研究において,それぞれに対象となっている「境界例」は同じでないように見える。
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