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科学技術庁の私的懇談会「脳科学の推進に関する研究会」が数年前に発表した20年間の長期脳研究計画,いわゆる「脳科学の時代」プログラムでは,脳研究を大きく3つの領域,すなわち(1)脳を知る,(2)脳を守る,(3)脳を創るに分けて,それぞれについて5年ごとの目標を定めている。このうち脳を守るでは,脳の病気の克服を目指し,1つは脳の発達障害と老化の制御,もう1つは神経・精神障害の修復と予防を2本柱として,20年後にはヒトの老化を制御し,人工神経・筋を開発し,さらに精神障害の治療・予防を課題としている。さらに細かく研究目標をみると,それぞれに特異な戦略があるのは当然としても,共通したキーワードとして遺伝子が浮かび上がってくる。
これまでの精神科領域の遺伝子研究をみると,1987年Egelandらが感情障害のDNAマーカーを用いた連鎖解析を行い,11番染色体上に感情障害の遺伝子が存在していると報告した。この報告がなされる以前から,精神分裂病とHLAとの連鎖など遺伝マーカーによる研究は行われていたが,単発的なものにすぎず研究の進展はさほど望めるような状況ではなかった。しかしPCR法などの遺伝子操作技術の進展によって,比較的容易にDNAの解析が行われるようになったこともあり,Egelandらの報告は大きな注目を集めた。残念ながらその後Egelandの報告はfalse positiveであることが明らかにされたが,その後多くの研究者が広範囲に遺伝子の解析を進めるきっかけとなった。またちょうどその頃第1回世界精神科遺伝会議が開催され,全体の雰囲気は,近い将来(20世紀中?)にも精神分裂病と感情障害の遺伝子が単離されるのではないかとの期待感が高まっていた。しかし今年で20世紀も終わろうとしている。いまだこれといった内因性精神病の遺伝子は単離されていない。世界精神科遺伝会議も隔年開催から毎年開催されるようになったが,当初の熱気は薄らいできている。Egelandの報告から10年以上,我々は時間と研究費と人的資源をむだにしてきたのか。
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