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はじめに
現代の精神医学は,激しい変化の潮流の中にある。疾病論,症状論の領域では,多軸診断やディメンジョン評価がその流れの一つと言えるだろう。パーソナリティ障害(personality disorder:PD)は,1980年代においてはその流れの先端にいたのであるが,現在はそれによって生じた混乱に嵌まり込んでいるようにみえる。2013年に発表された米国精神医学会の診断基準第5版〔Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, fifth edition(DSM-5)〕1)に2つの診断基準が収載されていることは,その混乱ぶりを如実に表している。2018年に概要が発表された世界保健機構の国際疾病分類第11版〔International Classification of Diseases 11th Revision(ICD-11)〕11)では,PDについてのさらに別の概念と分類が提示され,その混乱にいっそう拍車がかかりそうである。
PDは,精神障害の主要なジャンルの一つであり,自傷行為や自殺未遂,暴力や衝動行為,ひきこもり,嗜癖行動などの多彩な問題行動と深いかかわりがある。しかしPDでは,先述のように現在でもその概念や診断法が十分定まっていないという状況がある。さまざまな議論が重ねられてきたが,PDの基本となる特性は,①もともとのパーソナリティ特性(もしくは一般の人々の示すパーソナリティ特性)と強く関連していること,②一般心理から理解可能である(了解可能性が保たれている)こと,③パーソナリティの定まる青年期から顕かになり長期間持続する傾向のあること,であろう。従来からそれが「疾患」に該当するかどうかが議論され,診断の信頼性を高めることができず,診断方法が確立されない状況が続いているのは,これらの特性に由来するものと考えられる。
本誌がここに「パーソナリティ障害の現在」というテーマでさまざまな論者から意見を集めるのは,PDが臨床家の間で話題に上らないことが多くなったのはなぜかという問題意識のゆえだという。その問いへの筆者の答えは,「PDの問題は基本的に変わっていない。話題にならなくなったとしたら,それは臨床家の側の事情のゆえだ」というものである。本稿では,研究の動向を概観し,次いでPDの診断の特徴やPDと発達障害などの他の精神障害との関連などの検討から現在の精神科臨床におけるPDへの治療的対応における課題へと論を進めることにしたい。
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