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粘着体質圏中には教科書でもよく知られた狭義のてんかんの本質特徴が直接に出現しうるのであるが,混合性欠陥体質については,所与の病像にこの関連点を探そうとしても徒労に終わるであろう。ただし,われわれのいう混合性欠陥体質をただ性格学的観点からだけ考察するなら,以前から周知の一連の異常特性との直接的な関連を見出すであろう。その一連の特性のてんかん形態圏への帰属性がしばらくの間強調されてきた。その後再びその真偽の程が強く疑われている。次にこの一連の特性を示そう;ぶすっとしている,不機嫌,刺激されやすい,陰険,うそつき,暴力的,残忍,疑い深い,感じやすい,むら気,独善的,信心に凝りかたまっている,意地が悪い,わがまま,反抗的,気むずかしい。さて,これらは精神身体的体質ではなく,ある特定の体質の性格学的特徴ですらない。即ち,これらは多彩に混合した精神病質的特徴であり,全く様々な体質に出現し得るのである。それゆえ,誰かが興奮して易刺激的に,あるいは「ヒステリック」になったことを認めたからといって,そのことが痙攣親和性の素因を示しているわけではない,ということはいくら強調してもし過ぎることはない。
しかし,精神病質性や反社会性に固執せず,身体的現象についてわれわれに賛成する人でさえも,恐らく始めのうちは混合性欠陥体質の中にせいぜい遺伝的,後天的器質性脳障害や可能な限りの精神病質型の混合したものを見出す位のことであろう。たしかに,粘着性体質と比較してこの第1群の素質型は,既にその名が語るようにとりわけ非単一的なものである。しかし,それでもこの両者はやはり遺伝的素質欠陥に基づくものである。健康な素質や発育の豊富さ,多様性を知っているなら,異常の領域に全く様々な力動的法則や成長のプランが見出されるとしてもあまり驚くことはなかろう。粘着性体質の場合には,ある遺伝性の成長原理が粘着現象において混合したある独特の身体精神統一体となっている。これに対して,痙攣親和性欠陥体質は身体の個々のシステムや装置の遺伝的低格性の混合によって生ずる。その素質の組み合せには,単一的に調整された成長原理は存在しないが,発育への刺激と抑制が強まってバラバラに併存しているのである。この種々の要因をもう一度数えあげてみると,
a)閉鎖不全状態と遺伝病質の微小徴候型
b)発育不全と内分泌的低格性によるその他の徴候
c)がっしりした闘士型
d)頭部血管運動系機能不全と脈管――および循環系の低格性によるその他の徴候
e)反射装置の機能不全
これらの要因がそれだけで痙攣親和性体質を形造るわけではない。特定の体質全体の中にいくつかのこれらの要因が集まっており,相当広範な家族像において対応する変異や相関関係の存在することが証明されることによってその遺伝的な素質規定性が確認されて初めて,痙攣親和性構造が存在することになる。こういうわけで,このような諸要因からなる遺伝系列がしばしば,あらゆる型の精神薄弱や不明確な精神病や非定型の器質性神経病,さらには「後天性」脳障害へと導かれていくことは本来不思議ではないのである。したがってわれわれが直面しているのは不明瞭な遺伝的混合ではなく,むしろその起源が独特な,しかし周知の生物学的親和性に由来するある体質圏なのである。これまでわれわれは,相当数のこの現象型をあまりに精神病理学的にだけながめ,体質的一生物学的公式についてはあまりに簡略に触れすぎた嫌いがある。他の生物学的に類縁の型はその器質的神経学的刻印のために,体質学的考察からは遠ざけられていた;Kehrer, Bremer, v. Verschuer,Curtis, Weitzらの仕事が,はじめて中枢神経系を遺伝及び素質研究に包含することによって,われわれの研究に救済をもたらしたのである。
さらにここでは,更に広い観点が強調されるべきである。われわれは粘着性体質圏においては人間の身体と精神の総体のうちで高次の人格を形造るものが欠落していることをみてきた。同様のことが混合性欠陥体質の圏内についてもいえる。混合性欠陥体質においても,痙攣親和性体質型としての下から上へと上昇する系列は,植物神経系の脆弱性や欠陥が高次の人格総体の中に組み込まれるところで消失するのである。完成した体質としての高められた痙攣準備性も人間の素質型の諸段階のうちで,「人格」が要素的な精神身体的基底に他ならないような段階に限定される。粘着性体質がこのような身休精神統一体を独特に形造っているのと同様に,闘士型における血管運動神経系の制御不全,細長型における反射装置の機能不全という秩序づけもまた,それ以上の分解できない精神身体的所与を明示している。というわけで,爆発性の爆発は前者に属し,芝居がかったことやみせかけのさぎは後者に不可分に結びついているのである。大脳皮質が更に繊細に発達し分化すると,この要素的精神身体的基底の存続が不可能となるのは明らかで,比較的高度に発達した段階においては,せいぜい痙攣親和的傾向が認められるくらいで,完成した痙攣親和性体質を見出すことはもはやない。このことについては,後にもっと詳しく述べる予定である。
われわれは今や,冒頭での問題提起;痙攣発作を有する患者の身休的,精神的特性はどのようなものか,その家族像はどのように見えるか,を付属疾患型を含めることによって拡大することが許されるところまできた。そうすることによってはじめて,われわれのいう痙攣親和性体質はその完全性を獲得し,生き生きとした一つの像が形成されるのである。
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