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I.はじめに
編集者から頂いた題は「アルコール症と精神鑑定」であったが,アルコール症の定義の曖昧さもあり,また,最近WHO研究者会議の紬論等から,アルコール依存症候群の概念の提唱2,3)などもあり,特に鑑定と密接な関係にある酩酊の問題はアルコール症の槻念からは外れるようでもあるので,ここでは「アルコールと精神鑑定」とすることにした。
一般に精神鑑定を要求される場合は,ほとんど常に急性アルコール中毒としての酩酊が中心となり,アルコール依存症候群,すなわち,従来からの慢性アルコール中毒は直接的には対象とされず,アルコール精神病のほうがむしろ取り上げられる。しかし,一部には,傷害,窃盗,暴行,放火,性犯罪等の犯罪が慢性アルコール中毒者によって行なわれ,その犯行時の精神状態が酩酊を含めて問われることもあり得る。
犯罪との関係で,アルコールが対象となる法律は「酒に酔って公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」(刑法,昭36,法律103号)と道路交通法の酒酔い,酒気帯び運転に関する項ぐらいのものである。しかし,精神鑑定と最も関係が深いのは,刑法第39条の「犯罪ノ不成立及ヒ刑ノ減免」に関する項である。もちろん,この条項はアルコールに限るものではないが,いわゆる心神喪失,心神耗弱の判断が要求されるのである。
酩酊は大脳の機能低下であり,正常な精神活動が営まれていない状態であるには違いないが,罪を免ずるに足る重大な障害であるかどうかが問われるのである。確かに世界的にアルコールによる犯罪は増加しているし,犯行時に飲酒していたという例も統計的に有意に多いという。イギリスでも窃盗などの財産犯で酩酊犯罪が増加し,急性中毒と健忘が都合のよい弁解として使われる傾向があるが,常に有罪なる意思(mens rea)があったか,なかったかが法廷でも論議されるという4)。
わが国もアルコール消費量が増大の一途をたどる傾向があることからみて,中田5)は,窃盗のような財産犯にまで酩酊犯罪が高率であるという欧米の傾向にまで発展していないからといって油断はできないし,今後,アルコール関連犯罪はますます多様化する様相を呈するであろうといっている。この点からも,アルコール犯罪の精神鑑定の需要は決して減ることはなかろう。
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