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Ⅰ.1948年に世界人権宣言がなされ,また,W. H. O. 憲章により,健康が単に身体的,精神的に疾病傷害のない状態であるのみでなく社会的にも良好な状態であるとされたのは周知の事である。しかし私達にとって,もっと重要な意味を持つ提案が,その年の夏ロンドンの世界精神衛生会議において,フランスのGeorge Heuyer教授によってなされ決議された事は余り知られていない。「少年の身心の発達およびその障害について最も深い知識と理解をもつ医学,精神医学,心理学,教育学等の専門家によって非行少年に対する処遇の決定がなされるべきであって,従来の司法官万能の現行制度は不可である。」とするウイエール宣言は,その後の世界の非行対策の動向を決定した重要な意義をもつものであった。わが国も新少年法,少年院法を制定し,少年に対する診断機関として少年鑑別所,治療処遇機関として種々の機能をもつ少年院が整備され,その一環として医療少年院の発足を見,一方,受刑者に対する分類制度が実施され,診断機関としての分類センター,矯正治療機関としての医療刑務所の設置を見た。
数次にわたる産業革命を原動力とする社会変動は経済成長のかげに多くの公害を生み,家庭分解,人間疎外,不信,価値喪失,意識変容等の現象を通じて,物理的にも化学的にも人間行動に様々の影響を与え,脳幹障害,染色体異常等も注目されるに至った。矯正医学はこれら社会変動下に発生する犯罪,薬物依存等の反社会的或いは非社会的行動を含む社会不適応現象を「不健康に基づく非行」としてとらえ,非行者を身体的,精神的,社会的不健康のからみあったものという観点から分析的かつ統合的に理解し,その診断治療,社会復帰ならびに予防をはかるものとして生れた。診断については少年に対する鑑別所の如き処遇決定前の診断機関が,成人に対しても考えられなければならず,判決前調査制度の必要性は大方の認めるところとなり,問題は実施方法にあり,将来,拘置所が成人犯罪者の診断鑑別所に変容するのも決して幻想ではなくなった。クレペリン以来,刑法が反社会的異常行動に対する単なる刑期換算法にすぎないという批判が精神医学者よりなされていたが,今後判決前の精神医学的調査の必要性は愈々たかまることは明らかである。必要なのは刑罰ではなく治療処遇であると叫んだ米のKarpmanの主張(No Punishment, Treatment Only)は刑事政策の刑罰より治療処遇への転換を示唆し国連の被拘禁者処遇最低基準則にも治療刑の方向が示されている。もちろんこのような,実質的な刑罰の否定に導く静かなる革命が一朝にして成るものではないが,少なくも道は展かれているのである。
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