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I.はじめに
私はさきに,本誌の「社会精神医学」特集号・第2集「社会変動と精神医学」(1971年12月号)に,小論「企業のなかの精神衛生」1)を掲載していただいた。それが思いがけぬことに,特集号の巻頭言(筆者・土居健郎教授)のなかでとりあげられ,「精神科医としての積極的な主張を含んでいるので,何か暗夜に光明でも垣間見たような思いにしばし駆られる」と述べられているのを読んだとき,私は狼狽した。この高名な精神病理学者の眼に止まったことは光栄であったが,今日の精神医療体系のなかでまだ市民権を得ていない企業の精神衛生管理のために弁護しようとした私自身の気負いを指摘されたようでどきりとした。さらに土居教授の「精神科医の関与が精神障害者の利益になればこそ,かえって害となる多くの場合がある」という指摘や,また「精神障害者の職場復帰をどのように助け」「発病を未然に防ぎ得た場合があったとすればそれを含めて,なぜそのような具体的な資料を提供」しなかったのかという疑問に,私はさらに狼狽した。具体的な資料を秘匿しようというような積極的な意図は毛頭なかったが,治療医的立場にある精神医からとかく白眼視されがちな産業精神衛生管理医の自己防衛的態度をも,ずばり指摘されたように感じたからである。土居教授のいわれる「(精神科医として)こうあらねばならぬ」という掛け声を,私もまた自分自身に声高くかけることによって,自負心とも劣等感ともつかぬ心のなかのもやもやを掻き消していたようである。ここにふたたび,職場における精神衛生の具体的実態について開陳することを求められたいま,「発病を未然に防ぎ得た」と自信をもっていえるケースは,まったく持っていないことをまずもって表明しておかなければならない。しかし,「精神障害者の職場復帰」については,それがいかに多くの困難な要素を含む問題であるかを私は十二分に体験してきた。ここにそのありのままを述べてみたいと思う。
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