回顧と経験 わが歩みし精神医学の道・18
帝銀事件の精神鑑定をめぐつて—脱髄性脳炎の研究と欧米への講演旅行
内村 祐之
1,2
1東京大学
2日本学士院
pp.964-971
発行日 1967年12月15日
Published Date 1967/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405201277
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大きく揺れ動く時勢のなかで,学者がオーソドックスな研究に没頭することはむずかしいが,このような時期にはまた平和時に夢想もできないような事件が起こつて,貴重な体験や研究資料を与えてくれる。太平洋戦争の時期と,それに続く戦後の混乱期とは,そうした事件の続出した時期であった。前数回にわたり,私はこの時期の経験を述べたが,ここにしるすのも,戦後の混乱のまだ収まらぬ昭和23年に起こつた大事件である。
世に帝銀事件と呼ばれるこの大量殺人事件の犯人は,厚生技官の名刺と,防疫員の腕章とによつて,帝国銀行(いまの三井銀行)椎名町支店の行員らを欺き,赤痢の予防薬と称して青酸カリを服用させて,12人を殺し,2人を重態におとしいれた後,大金を奪つて逃走したのであつた。後に,この事件の被疑者として,平沢貞通という老画家が起訴され,私と吉益脩夫君とがその精神鑑定に当たることになつたが,ちようど,この精神鑑定に従事している間に,東大教室で,1つの未知の脳疾患が発見された。そしてわれわれは奇しくもその疾患が,精神鑑定中の被疑者と深い関連をもつ事実を突きとめたのである。
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