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はじめに
本事例は,国内定期便飛行中の航空機内において乗員を包丁で脅してハイジャックをし,機長を殺害して自ら操縦桿を握って乗員に取り押さえられ,逮捕されたものである。犯行の動機は,将来を悲観しての自殺願望と,飛行機マニアとしての飛行機操縦への願望の吻合によるものであるが,突飛さを感じさせるその動機と,優れた知能,周到な犯行の準備などとをどのように統一的にとらえ得るかという点が,本鑑定のキーポイントとされた。
本事例は,過去に統合失調症と診断されて,精神科クリニックに通ったり,精神科病院に措置入院とされたこともあり,本件犯行当時は別のクリニックでうつ病の診断を受けて,通院治療中であった。しかし,鑑定時の面接や生活史,病歴などの調査では,統合失調症の診断の根拠とされるべき所見は認められず,うつ病についても,反応性の軽度の抑うつ状態で,本件犯行に重大な影響を及ぼした形跡はない。問題はむしろ,特徴的な人格の偏りにあった。全般的な知能は高く,特に論理的思考と記憶力に優れ,興味あることには高度の集中力を発揮するが,思考は柔軟性を欠き,臨機応変の対応がきわめて拙劣である。他者の心情を共感的にとらえることができず,対人関係に重大な困難を有する。このような,知,情,意の機能のバランスを欠いた人格の独特の偏りが,本事例に,社会生活での深刻な不適応と,将来への悲観をもたらし,ついには犯行へと駆り立てたものと解された。
診断については,当初は人格障害とすることを考えたが,その頃児童精神医学界において注目されてきたアスペルガー障害に通ずる所見も多く認められることから,生育歴や心理検査,神経学的検査などについても詳細に調査し,その可能性についても検討した。通常,成人の鑑定事例において,乳幼児期の生育歴の詳細を明らかにすることは困難であるが,本事例においては,母親が育児記録を含む詳細な日誌を残していたうえ,精神鑑定に可能な限りの協力をされたことから,全経過を発達史的にとらえることが可能となり,アスペルガー障害による犯行とする結論に至ったものである。
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