回顧と経験 わが歩みし精神医学の道・8
精神医学の「処女地」北海道
内村 祐之
1,2
1東京大学
2日本学士院
pp.148-155
発行日 1967年2月15日
Published Date 1967/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405201161
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2年半に近い外国生活を終えて帰国した私は,その年(1927年)9月,家族を伴つて札幌へ赴任した。東京を遠く離れた土地に生活の根拠をすえるのは,生まれて初めての経験であつたが,私自身は,むしろ勇躍して新しい任地へ向かつた。それというのも,ヨーロッパでの生活で,世界の学界の先端を行く学者に多く接して,私ながらに「いける」という自信が芽生えたからであろう。「頭を押さえられないポストの方がかえつていいよ」と,訣別の際にSpielmeyerが言つてくれた言葉も,そのままに受け取ることができた。自分はたとえ1人であつても,世界中の学者と,いつでも交見することができるのだという考え方が,私から孤独の心を取り去つてくれたのである。
のみならず,今から思い返すと,当時の私は実に張り切つており,また単純,無垢であつた。——何としても学界に寄与しなければならない,それは私に与えられた唯一の使命である,私はそれを必ずやり遂げてみせる——これが当時の私の気もちであつた。これと同様の気もちは,海外留学から帰つた多くの若人のいだく気もちで,実に尊いものであると私は思う。だが,やがていろいろの義務や雑務に追いまくられて,いつしか,この気もちを失う者が少なくない。しかし私の場合は,北海道という,静かな恵まれた環境が,この純真な気もちの損なわれるのを防いでくれた。それはやはり私の幸運だつたと思う。
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