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I.はじめに
「笑い」は精神症状として,とくにとりあげて論ぜられる場合は少なく,精神疾患の1つの辺縁症状として言及されるのがつねである。これまで「笑い」については哲学的,心理学的な諸説がある。すなわちDarwinによれば,笑いは人間において初めて明瞭な情動表出が可能なものである,とのべ,Hobbesは優越感を感じたときに笑いがおこるとし,その他Kant, Lippsらの緊張解除説,Bergsonの不適応反応説など数多くの説がある。一般に「笑い」はYoungらの指摘するごとく,社会的な性質を有するものであり,また身体的刺激により生ずる単純な表出の場合から,知的な思考過程を経て初めておこる高等,複雑な情動表出にいたるまでいろいろの段階を含むものである。大脇は,情緒興奮をひきおこす心理的要因として,間接的には持続的な欲求および態度,気質,性格,健康を,直接的には強度の欲求阻止,葛藤,緊張の解消をあげているが,上野らは,これらが情動表出,ことに笑いの表出といかなる関連性を有するかははなはだ複雑で,簡単な形式規定はとうてい不可能であると結論している。また,山田は,笑いをつぎのごとくに分類した。まず第1は,嬉しさ,の笑いであり,これは笑いの原型ともいうべきもので,この種の社会化されない笑いは猿でもみられる。第2は,おかしさ,の笑いであり,これには機知,滑稽,諧謔の笑いが含まれている。これはふつうにはコミックとユーモラスとに分けられるが,後者は同情を含み,前者は含まないことで区別されている。笑いに関する理論の多くは,このおかしさ,の笑いである。第3の笑いは,演技としての笑いで,これはもつとも社会化された笑いである。
正常人における笑い,の哲学的,心理学的な研究はさておき,われわれが,ここで問題としたいのは,病的な笑いが,いかなる疾患において発現し,その中枢機制がいかなるものであろうか,という点である。これらの問題に関しては後述するごとく,数多くの症例がいろいろな立場から報告され,いまだに解明されない点も多い。このことは,とりもなおさず「笑い」が複雑な反応系を経て表出されることを意味するであろう。
われわれは,ここにてんかんの1症状としての笑いの1例と,脳の器質的変化を否定しえないとしても,心因性に笑いの発作が誘発される1例を報告し,考察してみたい。
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