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はじめに
精神科医療,精神障害と緩和ケアについて考えるとき,みなさまはどのようなイメージを持たれるだろうか。総合病院に勤務をされている方では,精神科医が関わる緩和ケアチームで,せん妄やうつ病への対応をすることを考えられるだろうか。あるいは,精神科病院にお勤めされている方では,統合失調症の患者のがん治療や終末期医療を考えられるのかもしれない。
精神科医療と緩和ケアとの関係は,次のようにいくつかに分けて考えることができる。
①がん患者へ提供する緩和ケアの一領域としての精神症状緩和:せん妄の治療やうつ病への対応に加え,より広い精神心理的支援
②精神疾患を抱えた患者のがん治療・緩和ケア:具体的には統合失調症を持った患者ががんに罹患した場合のケア
③がん以外(非悪性腫瘍)の疾患の緩和ケア
おそらく,精神科医が考える緩和ケアのイメージは大きくは①,加えて②となるのかもしれない。
わが国においては,2007年に施行された「がん対策基本法」の影響を受けて,緩和ケアはがん医療とほぼ一体となって推進されている実態がある。たしかに,緩和ケア病棟や緩和ケアチームが対象とする疾患は,診療報酬上悪性腫瘍と後天性免疫不全症候群(acquired immune deficiency syndrome;AIDS)に限定されている。薬物療法の大幅な進歩により,HIV感染症で緩和ケアを必要とする場面は非常に限定されるに至った結果,事実上わが国では緩和ケアと言えばがん医療と同一視されるのももっともと言える。
しかし,海外をみると,緩和ケアをとりまく状況は全く異なる。たとえば,英国では2010年に開催された英国緩和ケア関連学会(8th Palliative Care Congress)において,高齢化社会の主たる課題を「認知症」とするとともに,緩和ケアの主たる対象を「認知症の緩和ケア」にすでにあてていた。2013年6月には,ヨーロッパ緩和ケア学会(European Association for Palliative Care;EAPC)が,認知症の緩和ケアに関する提言を公開し,11の領域で57の提言を掲げている(White paper defining optimal palliative care in older people with dementia)42)。高齢化社会を軒並み迎えている先進国では,緩和ケアの主たる対象はもはやがんではなく,認知症なのである。
海外においては,緩和ケアの主たる対象は,がんから認知症に移ろうとしている。しかし,日本においては,「認知症患者は意思決定ができないから緩和ケアの対象ではない」という誤解もあり,さらに自体を複雑にしている。
このように,海外とわが国では,精神科医療と緩和ケアの関係は大きく異なる。このような差が生じた背景には,緩和ケアのアプローチに対する認識のギャップも影響しているのかもしれない。わが国においては,緩和ケアは「終末期ケア」の色彩が濃い。言いかえれば,緩和ケアは治療の施しようがなくなった時に,症状を緩和する対症療法ととらえられがちである。しかし,ヨーロッパを中心に,緩和ケアは健康政策の一環として公衆衛生的な取り組みと認識され,人の生死に当たる「苦悩からの予防」が強調されている。
上記のようなギャップを埋めるためには,緩和ケアの背景を振り返るのが有益かもしれない。本稿では,緩和ケアの展開の歴史をみつつ,主に認知症に対する緩和ケアのアプローチを紹介したい。
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