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はじめに
東日本大震災・福島第一原子力発電所事故以後に,筆者の所属する福島県立医科大学医学部神経精神医学講座(以下,当講座)が行ってきた調査,支援について整理すると,3つに大別される。1つ目は,福島県の委託を受けて放射線医学県民健康管理センター心の健康度・生活習慣調査部門を兼任して県民健康管理調査を行ってきた。この内容の発表は,福島県の検討委員会の場で行っているほかに,別紙で公表予定であり,本稿ではこれ以上は述べない。2つ目は,当講座が福島県精神病院協会,福島県診療所協会の協力のもとに,入院患者,外来患者への放射能汚染のメンタルヘルスへの影響などを調査したものであるが,これも別紙で順次報告しているところであるので割愛する。本稿では,3つ目の,福島県立医科大学心のケアチームの活動について述べる。この活動は,避難区域を含む福島県浜通りを中心に行われてきたが,完全なる精神医療崩壊の生じた地域に対する心のケアの拠点は,メンタルヘルスアウトリーチを基本とするものとなるのが必然であった。これを担ったのが,2012年1月に相双地域の拠点として設立されたメンタルクリニック「なごみ」と併設されたこころのケアセンター「なごみ」であり,後の2012年4月に設立され,全県レベルに展開された心のケアセンター6方部+南相馬1駐在+福島市の基幹センター(2月設立)のモデルとしての役割を果たしている。この「なごみ」設立の経緯を中心に述べる。
2011年3月11日の東日本大震災は,岩手県,宮城県,福島県の3県の沿岸部に計り知れない破壊をもたらした。特に福島県では,福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染の問題がその破壊からの再生を妨げているし,福島県民の心に長期にわたる影を落としている。福島県が,岩手県,宮城県とは異なる種類の深刻な災害に見舞われたことは,震災直後から明らかだった。震災10日後の3月22日の時点で,福島県内に446か所の避難所があり36,227名の方が避難している状況であり,厚生労働省は,日本医師会,日本看護協会,自治体に人員派遣を要請し,その結果,3,4人からなる医療チームが被災地入りしたという。しかし,3月27日時点で活動していたのは岩手県で35チーム,宮城県で76チームだったのに対し,放射能汚染という災害にみまわれた福島県ではわずか2チームが活動していたに過ぎなかった(2011年4月11日付けの中国新聞)。これは医療全体のチームの話であったが,心のケアチームに関しては支援が期待できる状態にすらなく,避難所などを巡回するのにも人員不足が否めなかった。そこで,当講座は,心のケアチームを組織するにあたり,個人的なルートや精神神経学会を通して支援者を募った。その結果,日本ばかりか海外からも途切れることのない支援をいただいた。その中には,県外はおろか国外からも自費で支援に来ていただいた方も多かった。
放射能汚染の結果,震災や津波の影響を受けなかった地域からも多数の人々が避難を余儀なくされた。その結果,県人口の約2%にあたる約4万人が地域ごと県内外の他地域に移住した。ちなみに,2011年1月1日に2,041,051人であった県人口は,2012年1月1日には,1,982,991人にまで減少した。避難者は家屋の倒壊の有無に関わらず生活の基盤を奪われ,全県民が長期的な放射能汚染への不安の中で安心な日常を奪われた。チェルノブイリ原発事故に関する2006年のWHO(世界保健機関)の報告書においても,「チェルノブイリのメンタルヘルスへの衝撃は,この事故で引き起こされた中で最大の地域保健の問題である」と述べられている。今回の災害によって生じた精神医療の問題は深刻でさまざまであるが,列記すれば,1)相双地域の精神医療体制の崩壊,2)新たに発生した心的外傷後ストレス障害(PTSD)やアルコール依存の増加,3)仮設住宅などで進む高齢者の認知機能低下,4)自殺の増加,5)精神医療・福祉スタッフの減少,6)長期化する避難生活における避難児童の心の問題,7)放射能汚染に対する不安・恐怖に関わる問題などが挙げられる。今後一層,心のケアの活動が重要となることは確実な状況である。
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