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精神科を受診される方々の話を聞いていると,診断をつけて治療についての説明を行い,精神療法を行って投薬するという,診察室の中の営為だけでは不十分であると痛感することがしばしばある。狭義の医学的治療だけでは,精神症状はよくならないと感じるのである。それは職場や家庭の中にさまざまな困難がみられて,患者さんが変わりうるであろう潜在的な力をも,その困難が圧倒していると感じる場合であり,患者さんがよくなっていくことを実際の生活の場で支援しなければうまくいかないであろうと感じるときである。たとえば最近受診された年配の母親は,長年孤立無援の中で障碍を持つ子どもの介護を行っており,その中でさまざまな体感幻覚が発症してきていた。苦痛からさまざまな身体科を受診したが,首をひねられるだけで,ほかの科を紹介されるということが続いていた。もちろんこれまで子どものための介護サービスはいろいろ利用しており,福祉の面でサポートしてくれる専門家は存在した。問題は年を取っていく中でだんだん支えきれなくなってきている現実の困難とともに,その女性自身のこれまでの疲れやさみしさが大きく影を落としていると感じられた。その人の生活の中に入って行って,一緒に生活を見つめて,何とか少しでも負担を減らす工夫を考えていく支援が必要だろうと感じられた。制度の利用ということを超えたそうした支援があれば,体感幻覚の治療も実を結ぶように感じられるのである。
精神障碍者の生活の質はまだまだ貧しく,その面でも生活支援は必要である。みんなねっと(公益社団法人全国精神保健福祉会連合会)と協力して行った,全国の家族会に参加している1,492名の調査でも,当事者の平均年齢は42.9歳だが,8割以上の者が原家族と生活しており,1人暮らししている者は12%に過ぎない。調査時点で結婚している人は8%しかおらず,子どもがいる人でも自身で育てているのは4割未満である。何らかの形で仕事や学校に参画できている人は11%である。過去の平均再発回数は4.9回を数え,陽性症状・陰性症状・認知機能障害それぞれの症状によって幅があるが,現在何らかの形で困難を感じている人は3~5割前後となっている。生活の質も,精神症状の面でもまだまだ不十分であるといえる。家族会を通した調査であるので,すぐに回復した人やすでに家族から自立した人は含まれない可能性はあるものの,思った以上に厳しい数値であった。家族の皆さんが「親亡き後」を問題にするのは故なきことではない。精神科の治療と並行して生活支援を行って,「薬を飲んで入院はしていないものの,それ以外のことはできていない」貧しい現実を変えていく必要があると思う。
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