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はじめに
1986年6月26日,旧ソ連ウクライナ共和国(現ウクライナ)の首都キエフの北方130キロメートルにあるチェルノブイリ発電所4号機で,原子力史上最悪といわれる事故(以下,チェルノブイリ原発事故)が発生した。ソ連政府の発表によると,放射線の急性被曝で運転員・消防士あわせて31名が死亡し,発電所の半径30キロメートル以内の住民13万5,000人が避難した。事故後の原子炉は石棺処理されたが,20年以上もの間に石棺の腐食が進行し,今後,100年以上耐えられる新しいシェルターを建造し,既存の石棺を覆う計画だという。国際原子力事象評価尺度ではレベル7(深刻な事故,放射性物質の重大な外部放出)とされ,米国に対抗する超大国,ソビエト社会主義共和国連邦の崩壊の引き金になったといわれる。
それから四半世紀が経過し,小児甲状腺がんの増加など,周辺住民への健康被害も明らかになりつつある。一方,精神健康への影響が最大の公衆衛生上の問題であると,チェルノブイリ20周年フォーラムなどで明言されていることは,わが国の一般の精神医療従事者の間では十分知られていないように思われる。事故後25周年にあたる今年は,Clinical Oncology誌のチェルノブイリ原発事故特集が組まれており,心理学的影響について論じられていることからも5),関心の高さがうかがわれる。
原子爆弾による唯一の被爆国として,わが国では原爆被災者の精神健康問題について地道な調査研究12,17,19)が続けられたことは特筆すべきことではあるが,戦争との二重被災という点で,放射線災害とは異なる点がある。単独の放射線事故としては,1999年に核燃料加工施設のJCO東海事務所で2名の方が亡くなる臨界事故が起き,周辺住民の精神健康への影響も心配されたが,事故自体が短期に収束したこともあり,せいぜい事故後1年くらいまでの調査にとどまった2,13~15)。
そのような理由で,今回の福島第1原子力発電所事故が及ぼす周辺住民の精神健康への影響を考える場合,今年事故後25年を迎えたチェルノブイリ原発事故が最も類似した原子力災害となる。そこで本稿では今後の方策立案に参考になればと考えて,このテーマに関連するチェルノブイリ原発事故の疫学研究を概説する。なお,多くのロシア語圏の研究論文が存在すると思われるが,今回紹介するのは,他の総説でもしばしば引用される表に示した英語論文である。チェルノブイリ原発事故発生から調査までの期間の点から,①事故後4年,②事故7年前後,③事故後10年以上の3つに大別できる。
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