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アルコール医療に携わって35年が過ぎた。35年前,多くの精神病院は「アル中」という名の処遇困難例で,市中の内科には肝機能障害という病名をつけられた「アル中」であふれていた。アルコール依存症の治療と取り組もうとしたとき,当時勤めていた病院の院長から「アル中は直らないよ」とやさしい忠告を受けたものだ。「アル中が直らない」というのは間違いだという声がやっと上がってきた頃である。国立療養所久里浜病院は,当時アルコール依存症の治療システムを持っている数少ない医療機関だった。私も教えを求めて,久里浜を訪れた1人だった。3か月の入院期間,集団療法,行軍,患者自治会,合併症治療など目を開かれた思いだった。1970年代後半から久里浜病院で医師のみならずコメディカルのアルコール依存症治療の研修が始まった。そのこともあって,いわゆる「久里浜方式」はその後全国に広まり,各地でさまざまな展開をみている。そして,現在,独立行政法人国立病院機構久里浜アルコール症センターも進化し続けている。
本書は前院長である白倉先生,現院長である丸山先生の編になるものである。著者の多くも久里浜アルコール症センターに関係している人々,同センターが中心になって組織された厚生労働省の班研究にかかわった人々である。こうしたことから,本書は本邦のアルコール症医療の今日的な集大成といっても過言ではないだろう。読んでみて,まず,アルコール性障害がかくも多岐にわたるのかと改めて思った。アルコールは全身のありとあらゆる臓器に分布するので,脳,肝臓のみならず,ほとんどすべての臓器障害が引き起こされる。しかも,たとえば,肝障害は認知の障害や離脱症状の出現とも関係しているように,それぞれの障害は互いに関連性,共通の病理を持っている。したがって,アルコール性障害にかかわる医療従事者はその専門性を越えて広い知識や経験を要求される。だから,アルコール性障害として数多くの疾患・障害が平易でわかりやすく紹介されている本書は,臨床家にとっては大いに役立つことが期待される。本書はまず,アルコール依存症とその関連疾患をめぐって(白倉),アルコール依存症診断における基礎事項(真栄里,樋口),アルコール依存症と遺伝子(原田),アルコール関連疾患診断における基礎事項(宮川),アルコール関連疾患の今後の見通し(丸山)という項によってアルコール性障害の大きな枠組みが平易な言葉で紹介されている。他の項はほとんどすべてが「基礎知識」,「症例の提示」,「症例の解説」の順で展開されている。そこには多くの症例が提示されており,その適切な解説ともあいまって病態を生き生きイメージできるようになっている。また,豊富に使われている図・表,写真が理解をさらに深くしてくれる。著者のほとんどが豊かな経験を持った実践家でなければ,こうした「生きた著述」はできなかったであろう。
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