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はじめに
医学の一分野としての精神医学の立場からすれば,こころとは脳の機能の結果生ずるものであるという考え方はアプリオリに承認されているといってよい。そこでは,脳の現象とこころの現象とは並行関係にあると理解される。すなわち,脳の現象の結果としてこころの現象が生ずるが,脳の現象を理解すればこころの現象のすべてが理解できるというものではなく,そこには現象が生じるレベルの違いがあって,こころの現象を理解するには脳の現象を理解することに加えて,その個人を取り巻く家族,職場,地域,文化など広い意味での社会環境と個人との相互作用を理解しなければならない,と考えられる。
ここでは,こころを生み出す脳の側面に焦点を当てて述べることとする。こころが生み出されるうえでは,自己と他者と環境とが脳に認識されていなければならない。このうち自己と他者を認識し,社会環境と個人との相互作用を媒介している脳の働きが「社会脳」と言われるものであろう。社会脳とは他人のこころがわかる(他者認知)ための脳基盤であると同時に,自分がわかる(自己認知,セルフ・アウェアネス)ための脳基盤である。
社会脳という用語自体は,脳の発達,知性の発達の原動力をめぐって,Humphreyという心理学者が,人間の高度な知的能力は複雑な社会的環境への適応の結果として進化してきたものという考え方から,社会知性説を提唱したことに始まるとされる。その後,Byrneらが社会知性の「社会的・権謀術数的な駆け引きの能力」という側面を強調する「マキャベリ的知性」と呼んだが,マキャベリ的というと自己の利益のために手段を選ばず行動するというイメージとなるが,それは進化に関する仮説すなわち「生物個体は必ずしも個体単位で利己的なわけではない」という考え方と合わない印象を与えることから,Dunbar2)が脳の進化について用いた社会脳仮説(social brain hypothesis)という命名から社会脳(social brain)という用語が好んで用いられるようになったものと思われる。
ここでは社会脳の構成要素である他者認知と自己認知に共通する表象の表象,すなわちメタ表象とその脳基盤についてまず触れた後に,他者認知と自己認知の脳基盤について触れ,こころの発生における社会脳の位置づけを述べる。
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