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はじめに
増加する高齢者の認知症患者への対策の1つとして,1989年に当時の厚生省(精神保健福祉課)は「老人性痴呆疾患センター」を2次医療圏に1か所の割合で全国に配置することを目的に,積極的にそれを勧めた。当時,高齢者保健福祉推進十か年戦略(いわゆる「ゴールドプラン」)が策定され,センターは地域の認知症医療の拠点としてその重要な戦略の1つとして期待された。当初はこのセンターは主として合併症への対応が可能な総合病院に設置されたが,精神科病院にも設置されるようになった。1989年には14センターが,1991年には64センターが,さらに1993年には83センターが設置された1)。筆者は1991年に横浜市立大学に赴任してからこのセンターの設置を積極的に進め,公的大学病院としてはいち早くこのセンターを設置した(国立大学病院には,このセンターを設置したところは最後までなかったが,横浜市立大学と京都府立大学が公的大学病院としては最も早くこのセンターを設置したと記憶している)。1994年にはゴールドプランの全面的な見直しが行われ,新ゴールドプランが策定され,老人性痴呆疾患センターは2005年には44道府県に156センターが設置されるに及んだ1)。
しかし2000年の介護保険制度の導入に伴って,認知症の問題は医療から福祉のほうへシフトし始め,このセンターも老健局の管轄に移り,2005年には老健局では老人性痴呆疾患センター事業を廃止することが決定され,実際に国庫補助は打ち切られた(主として老健局では,認知症問題に対して医療はあまり貢献していないから,認知症は介護,すなわち福祉主体でよいという考えが主流になっていると聞いている)。2007年8月に精神科病院協会は「認知症疾患センターをめぐるシンポジウム」を開催し,筆者も招待され「これからの認知症医療のあるべき姿」というテーマで講演したが,当時はセンター廃止の方向が濃厚であった。
ところが,その後,厚生労働省の精神・障害保健課で再検討が行われ,2008年になって「認知症疾患医療センター」として発足することが決定され,早急にその内容について検討され,3月31日付で都道府県にセンターの設置についての正式の通知2)が出された。筆者は,認知症疾患医療センターは地域の認知症の保健・医療・福祉の基幹センターとして重要な役割を演じると考えるので,今回このセンター問題を急遽本誌『精神医学』のオピニオンとして取り上げることを提案し,それが実現することになった。このセンターについては,国の立場,そして活発に認知症の地域連携を行ってきた2総合病院(仙台市立病院,砂川市立病院)の立場から詳しく述べられているので,筆者は認知症専門の精神科病院の立場からセンター問題を述べることにする。
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