書評
〈心の危機と臨床の知 5〉埋葬と亡霊―トラウマ概念の再吟味
宮岡 佳子
1
1財団法人神経研究所附属晴和病院
pp.924
発行日 2005年8月15日
Published Date 2005/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405100097
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甲南大学人間科学研究所が発行している「心の危機と臨床の知」シリーズ第5巻の本である。まず奇妙なタイトルの説明からしなければならない。テーマは「トラウマ」であるが,トラウマの持つ「かつて埋葬されながら繰り返しよみがえろうとする」イメージから「埋葬と亡霊」をタイトルにしたという。このイメージは,トラウマと関連する解離の比喩にも重なる。哲学,文学,心理学,精神医学が専門の8人の執筆者が,児童虐待から世界史まで多岐にわたる論考を繰り広げ,巻末には2004年に開かれた公開シンポジウムも収録されている。
駆け足でみていく。森茂起は「攻撃者への同一化とトラウマの連鎖」で,暴力被害者が加害者に同一化するため,加害者との関係を壊そうとする被害者の一部分が無力化され,ますます暴力からの脱出が難しくなる過程を示した。フロイトの「快楽原則の彼岸」を再考したのは,港道隆の「反復―プラス一」である。ラカンの「最初の象徴とは墓」,ニコラ・アブラハムらの「無意識における亡霊現象」という引用は,本のタイトルに直接結びつくだけに興味を惹かれた。ただし,多職種の読者が想定される本だけに,平易に書いていただきたかった。フロイトは『モーセと一神教』で「ユダヤ教の開祖モーセは実はエジプト人」という大胆な仮説を出した。下河辺美知子は「『モーセと一神教』は二十一世紀の世界に何を伝えているのか?」で,フロイトがこの論文で外傷性神経症を集団に当てはめた背景を考察している。福本修の「心的外傷の行方」は精神分析におけるトラウマのとらえ方の変遷史で,トラウマ理解のための基本部分である。
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