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感染症の原因菌は時代とともに変化し,環境や経済状態,治療薬を始めとする医療水準などの要因により大きく影響される.肺結核は治療薬の進歩により,激減したものの,今また欧米ではAIDSの蔓延に伴い増加しており,本邦では減少傾向に急ブレーキがかかっている.呼吸器感染症の原因菌であるインフルエンザ菌やクレブシェラ,大腸菌,緑膿菌などのグラム陰性桿菌は1950年代から80年代にかけ漸増していったものの,セフェム薬やカルバペネム薬,ニューキノロン薬の出現により,急速に減少傾向を呈している.一方,1960年代に増加していたブドウ球菌感染症はペニシリン系抗菌薬や第一世代セフェム薬の出現により減少したものの,第二,第三世代セフェム薬と開発が進み,それらが頻用されるにつれ,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が急速に増加し,大きな問題となっている.一般に赤痢やコレラなどの感染症は,公衆衛生の進歩により激減し,痘瘡はワクチンの徹底により撲滅宣言がなされ,さらに抗菌薬の発達によりどのような感染症も容易に対処できるという過信を医療従事者だけでなく,一般の人も懐いていた.しかし,昨今のAIDSの増加,O−157 H7腸管出血性大腸菌による食中毒の大発生,本邦にはみられないがエボラ出血熱や狂牛病など人類の想像を超えた感染症の出現は新興感染症(emerging infec—tious diseases)および再興感染症(reemerging infectious diseases)として大いに注目され,これまでの人類の過信に対する感染症の逆襲が始まろうとしている.インターネットでCDCの感染症情報(http://www.cdc.gov/ncidod/EID/eid.htm)にアクセスすると全世界でどのような感染症が出現し,問題となっているか一目瞭然である.英国では,狂牛病が1986年に初めて認められて以来,1996年5月までに16万頭の牛が発症し,1996年5月20日に10例のヒトにおいて亜型のクロイツフェルトヤコブ病が報告され,狂牛病がヒトに感染したのではないかと大問題となっている.オーストラリアではEquine Morbil—livirus(馬麻疹ウイルス)の感染で1994年9月14頭の馬が肺炎により死亡し,その後3例のヒトへの感染が報告されている.このように本邦のO—157感染症を含め最新の感染症情報より,感染症の逆襲が再認識される.
話題を転じ,1997年6月の国会で臓器移植法が成立し,脳死の定義を法的に規定し,多くの問題を含みながらも,本邦でも臓器移植が本格的に動き出す気配がみえる.呼吸器関連の学会でも連携を取り,その早期実現に向け動き出している.本邦でも多くの経験がある腎移植や骨髄移植に比べ,肝移植以上に困難な移植が,心肺移植である.手技的問題やドナーの問題はともかく,移植の成功を目指すためには,感染症を予防し,また適切に治療することが極めて重要である.そのためには,感染症の早期診断と治療が大切になってくる.感染症の診断のためには,適切な検体を採取し,細菌学的検査や病理学的検査を施行することが基本である.さらに迅速診断のため,抗原などを検出する血清診断法や,病原体の遺伝子を検出する分子生物学的方法が開発されている.従来,培養に長時間を要していた結核の診断には遺伝子を増幅するPCR(polymerase chain reac—tion)法が進歩し,臨床の場で用いられ,大幅にその時間を短縮している.また,PCR法を用いることで,従来培養が困難であったウイルスやカリニーなどの微生物も極めて迅速に診断することが可能となっている.しかし,今でも感染症診断に最も大切なものは塗抹検査であり,細菌感染症ではグラム染色を主治医が自分で施行し,観察することが最も重要である.
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