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期せずして,最近,2つの歴史に関係する本を入手した。その1つは,定期的に配本されてくるライオンズ,ペトルセリ共著・小川鼎三監訳による「図説医学の歴史」であり,もう1つは,明治以来,初めて復元された「出雲国風土記」である。
山陰の地に定着して間もないせいもあるが,山陰の地名を正確に読み発音するのがきわめて難しい。いずれの地にも,読み方の難しいものがあるだろう。しかし,山陰の地名は,読めないのではなく,読むと間違った読み方となるのが多いのである。たとえば,筆者の大学がある米子市の隣りが日吉津村であるが,ヒヨシヅ村とは読まずヒエヅ村と読むのである。ヒヨシヅ村と初めて聞いたとしても,日吉津を想定することは,それほど不自然とは思えないが,ヒエヅとなれば,はたしてどんな漢字が浮んでくるだろうか。なぜ地名の読み方が複雑となっているのかを,はからずも手に入れた出雲国風土記をみて,私なりに理解した。勿論,復元したものは読めなく,それに倍する附随の加藤義成著「訓釈出雲国風土記」を通覧しての理解である。出雲国風土記は天平5年(773年)に完成したとされており,加藤氏の解説によれば,表現文体は2種類からなり,固有名詞以外は殆ど純粋の漢語・漢文で書かれた日本書紀的表現の部分と,国語・国文脈を主とした古事記的表現の準漢文体とで構成されている。後者は一見漢文のようでありながら,全部国語で訓読するようになっていて,しかも,訓仮名あるいは音仮名を用いたりして,古語の姿を如実に伝えようとしており,この表現形式は,固有名詞および国・郡・郷・里などの地名,山野等につけて物語られた地名伝承に用いられているものである。このような特徴を持って書かれ,いわゆる出雲神話の一部を形成している出雲国風土記の古語が,そのまま現在まで続いているのである。現在まで継続できたのも,しっかりした構成で選された出雲国風土記が後世まで伝えられたためでもあろう。古語の素養のない筆者にとって地名を正確に読めないのも当然であったのである。地名の読み方の複雑さが判ったとしても,現実では,不便なことには変わりはない。いわゆる方言とは違い,文字では,地図でみたこともあり,位置は判るが,話となると固有名詞か方言かも判定できず,会話が成り立たない。まったく同じ不便を3年前,中国北京で数日過した時にも感じ,不便より欲求不満ともいうべきものであった。会話が成立しないことも重要な要素であったが,今度は漢字に関する知識の不足,特に数千年に及ぶ歴史との関連での知識・認識不足が,欲求不満を来たした最大の原因であった。以上のように,2度にわたり,もの事の歴史的理解の必要なことを痛感させられた。
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