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1963年にRomanoら,翌1964年にWardによって報告された先天性QT延長症候群(LQTS)では,多くの患者で家族歴を認め,以前から遺伝学的背景の存在が示唆されていた.その後1980年代後半からの分子生物学の急速な進歩により,不整脈疾患でも遺伝学的背景が明らかとなってきた.大きな転機となったのは,1991年にUtah大学のMark Keating博士らが,連鎖解析(linkage analysis)の手法を用いて第11番目染色体のHarvey ras-1に連鎖する先天性LQTSの大家系を報告したScience誌の論文である.その後1990年代の半ばから,ポジショナルクローニング法や候補遺伝子解析を用いて,先天性LQTSに代表される致死性不整脈疾患の多くが,心筋の活動電位を形成するイオンチャネルやこれに関連する細胞膜蛋白,調節蛋白などをコードする遺伝子上の変異によって発症することが判明した.すなわち,これらの遺伝子上の変異によりイオンチャネル,細胞膜蛋白,受容体の機能障害を来し,それぞれの疾患で特徴的な心電図異常を認め,致死性不整脈を発症して心臓突然死の原因となるものであり,これらを総称して,遺伝性不整脈あるいはイオンチャネル病と呼ばれるようになった.遺伝性不整脈には,先天性LQTSのほかに,薬剤などを原因とする後天性(二次性)LQTS,Brugada症候群,進行性心臓伝導障害(PCCD),カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT),QT短縮症候群,早期再分極症候群,特発性心室細動,乳幼児突然死症候群(SIDS)などが含まれる.特に最初の原因遺伝子が同定されてから既に20年弱が経過する先天性LQTSでは,現在までに13個の遺伝子型(原因遺伝子)が同定され,遺伝子診断率も60~80%と高い.また,遺伝子型と表現型(臨床所見)との関連(Genotype-phenotype correlation)が詳細に検討され,遺伝情報に基づいた生活指導や治療が既に行われていることから,2008年4月1日付で遺伝子診断の保険診療(診断4,000点,遺伝子カウンセリング500点)が承認されている.先天性LQTS以外で遺伝子診断率が高い遺伝性不整脈はCPVTであり,主に運動中に特徴的な二方向性心室頻拍を呈する患者では,リアノジン受容体遺伝子であるRYR2に約60%の頻度で変異を認める.しかし,Brugada症候群では,1998年にNaチャネル遺伝子であるSCN5Aに変異が同定されて以来,13個の遺伝子型が報告されているが,遺伝子診断率は30%前後に過ぎず,その他の遺伝性不整脈における遺伝子診断率は不明である.先天性LQTSとCPVTを除く遺伝性不整脈における低い診断率は,現在の遺伝子診断技術によるところが多い.すなわち,現在主流である候補遺伝子解析では,遺伝性不整脈の病態に関連すると推測される遺伝子,すなわち心筋イオンチャネルや膜蛋白に関連する遺伝子のスクリーニングが中心であるが,われわれの想像の及ばない原因遺伝子が存在する可能性がある.これらの問題点を解するために期待されている遺伝子診断の新技術が,次世代シーケンサを用いた網羅的全ゲノム解析や全エクソン(Exome)解析,あるいはゲノムワイド関連解析(GWAS)である.これらの新技術の高速化と低コスト化は急速に進んでおり,遺伝子診断は新しい展開を迎えている.さらに,2006年に山中伸弥教授によって発見された人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell;iPS)を活用した難治性疾患研究が世界的に急速な勢いで進んでいる.先天性LQTSなどの致死性遺伝性不整脈患者からもiPS細胞由来心筋細胞が作製され,直接この心筋細胞の機能解析を行うことにより,患者ごとのテーラーメイド治療や新たな病態解明の可能性が期待されている.本企画では,これらの領域のエキスパートの先生方に最新の情報を提供していただくことにより,遺伝性不整脈の診療・研究に役立つことを期待する次第である.
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