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心不全にはいくつもの問題がある.まず第一に患者数の多いことである.疾患統計の確かな米国において,心不全患者数は,1950年より増加し続けており,最近では毎年50万人が新たに心不全と診断され,現在500万人の患者がいる.推計では,この増加傾向は2040年まで続くといわれている.人口比と心筋梗塞発症頻度から推定すると,わが国には100~200万人くらいの心不全患者がいると考えられる.生活習慣が欧米化し,急速に高齢化社会を迎えているわが国において,当然ながら,心不全患者数は増加している.心不全のもう一つの問題は,その不良な予後である.心不全全体の5年生存率が50%,重症心不全では3年生存率は30%以下である.この数字は,重症疾患の代表である癌と比較しても決して劣らない.さらにもう一つ問題点を挙げるとすると,高額な医療費である.心不全は,予後が不良とはいえ,軽症から重症まで,種々の治療法があり,入退院を繰り返すことが多い.その結果,多くの国において,1疾患にかかる医療費としては,トップである.このように心不全は癌と並ぶ重大な疾患であり,その発症機序を解明することが極めて重要である.
心不全という言葉はほとんどの人が知っており,また心不全が心臓の機能低下により発症するということも多くの人が理解していよう.しかし,心臓の機能が低下する機序となると,わかっているようでいて,実は誰も知らないのである.ほんの数十年前まで,心不全とは体に水の溜まる病気であるという認識で,ただ利尿薬が使われていた.心臓の機能を解析する技術の進歩により,心臓の機能低下が心不全の原因であるとわかり,強心薬が使われるようになった.しかし,強心薬の効果は一時的であり,長期的には,かえって予後が悪くなることが臨床的に判明した.さらに臨床的な経験から,逆に神経体液性因子を抑制して,心臓を保護することが重要であるというパラダイムシフトが起こった.このように,心不全研究の歴史は,生理学的な解析法の進歩が果たした役割は大きいものの,その治療に結びつく,発症機序に関する研究は,臨床に追いついていない.
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