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はじめに
太古の昔,植物細胞が光のエネルギーを炭水化物の化学エネルギーとして固定する際,水から電子を奪い取った後に生ずる酸素をゴミとして排出し,やがて,その酸素が大気中に充満し始めた.その頃,真核細胞にとって酸素は毒であったと思われる.その後に起こる,嫌気性の真核細胞とミトコンドリアの祖先の原核細胞との運命的出会いと合体は,生命の進化にとって画期的なブレークスルーとなった.その後,動物細胞は,酸素を細胞までいかに運ぶかという,補給路を確保しながらの試行錯誤の進化過程をたどることになる.
多細胞生物を成り立たせるためには,水に溶けにくい酸素を環境から取り入れて細胞まで運ぶ必要があり,そのために外界から酸素を取り入れる呼吸器官,水に溶解しにくい酸素と結合しやすいヘモグロビンなどの金属を含んだ高分子の発達,それを運ぶための循環器官,といった多様な仕組みができあがった.
水の中に棲む魚は鰓(えら)で呼吸をしている.魚の鰓は,水に溶けた酸素を取り入れるのに最適化されていたが,空気中の酸素を取り入れるのには構造的に適していなかった.そこで,肺魚や両生類が出現したときに,浮き袋の一部を利用し,やがて大気から酸素を取り入れる肺に進化させたのである.
原始の海に誕生した脊椎動物は,内臓筋が呼吸運動を行い,延髄にpacemakerをおいた.自律運動としての呼吸リズムは波打ち際の波のリズムを思わせる(tidal volumeやtidal ventilationのtidalは汐を意味する).しかし,陸上では個体運動の体壁筋で呼吸運動を行う必要性から,呼吸は自律運動のみならず大脳皮質からの意志の制御も受けるようになった.古代インドではこの呼吸(Atmung)を自我(a~tman)の母胎とみている.さらに,英語のspirits(精神・霊)もラテン語spiritus(呼吸)からきたものという1).つまり,呼吸は生命維持の自律運動と意志の運動の接点である.
このように,低酸素の意味を考えるとき,原始の海から始まる悠久の生命の営みを考えずにはいられない.
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