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約十年前,私は米国でのResearch fellowの生活を終えて帰国し,間もなく外科学各論を担当することになった.私にとっては正に大任,新たなことに対する期待と不安といわれるが,不安を通りこし,空おそろしさすら感じた.そんな私を支えてくれた本が,“Christopher's Textbook of Surgery”第8版であった.幸い学部3年生の70%以上がすでに書架に飾ってあることを知り,予定される講義の個所を読んでくることを要求した.講義では各項毎の大略と補充的な説明を行ない,重要な文章の部にunderlineをひかせた.その上,視覚教育と称してNetterの画をカラースライドで投影解説し,自験例などをそえて責を果した.私にはChristopherは救いの神であり,飯の糧ともなった.
なぜChristopherを選んだか? それは今日の世界の外科をリードしている米国の外科医を,育てそはぐくむ書であったからである.留学時代,Conferenceで頭から爪先まで,正確な数値をあげて,まさにたて板に水式に討論に加わる学生,Residentを目の当りに見て,私の学生時代と比較し,驚異を感じた.その秘密のひとつは彼等がHarrisonとChristopherを各章毎に分冊にして持ち歩き,その各頁がunderlineで読めないほどに染まって,その染まりが彼等の脳裏に焼きついていることであった.まさにBible的存在であった.ただし,不変のBibleとは異なり,本書は版を重ねる毎に章の追加,あるいは執筆者がその時代のtop levelの専門家となり,up-to-dateの知見が加えられる.しかし奇をてらったものではなく,基調は臨床医にとって必須の解剖,生理,病態,治療について理論から実際までを簡明に記載していることである.いわゆる,外科総論の項も臨床に直結した記述が行なわれ,従来の教科書のように,理論だけの無味乾燥さがなく,誠にアメリカ的,pragmaticalな教科書である.したがって,学生時代ばかりでなく,臨床医の座右の書として愛用されている所以もここにあると考えられる.かといって,日本人で本書の一頁から最終頁まで通読された方は稀であろう.その理由は英文であること,また時折り難解な文に出会うからであり,直接的に必要な部分以外は邦文の本で事をすませることによるのであろう.
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