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どんな人でも排便中は真面目な顔をしていると聞いたが,鏡で自分の顔を観察したこともないので真偽のほどはわからない.イヌ・ネコでも,その行為中は真剣な顔をしているから多分この話は本当なのだろう.ところで,排便時の顔の表情以上にわかっていないのが,そのときの直腸・肛門の運動であり機能なのである.下痢とか便秘という医学用語(?)はあっても,その定義は実に曖昧であるし,大体ほとんどの医師は便の性状など問診したりはしない.まして排便時の状態など詳しく聞く医師はまれであろう.排便がストップしてしまえば大問題であるが,排便があれば,そのときの様子がどうであれ気に掛ける必要はない,いずれ命には関係ないのだから,というのがこれまでわれわれ消化器専門家が取ってきた一般的な態度だと言ってよかろう.
さて,今回の特集“いわゆる粘膜脱症候群”で取り上げられる病態は,正にこの排便機能に関係した変わった代物なのである.1930年代にロンドンのセントマーク病院の外科医Lloyd-Daviesが,1疾患単位として“solitary ulcer of the rectum”なる名称を用いた後,Madigan,Morsonらによって新しい報告がなされ,その病態が広く認知されることになったのが1969年のことであった.その後,本症には潰瘍性病変のみならず隆起性病変もみられること,様々な肛門機能異常,排便機能異常ならびに,それに伴う症状を呈することも明らかにな“solitary ulcer syndrome of the rectum”なる名称が提唱された.この肛門機能異常は主として直腸脱,粘膜脱を伴っており,脱出の程度は様々であるものの,本症の基礎的異常として排便時に粘膜脱が存在することが,defecographyなどの新しい排便機能検査によって明らかにされてきた.本症に特徴的とされる“fibromuscular obliteration”も粘膜脱による慢性刺激の結果生じたと考えると辻褄が合うのである.かくしてBoulayらによって“mucosal prolapse syndrome”という名称が提唱された.本症の研究の流れをみてくると,時代と共にその病態がより明らかにされ,広い範囲の異常をその中に包括しようとした結果,名称もより広い病態を包含するように変わってきたことがわかる.しかし,その中心をなす特徴は最初の名称“solitary ulcer of therectum”に余すところなく表されていると言ってよいだろう.どの名称が正しいかと言うより,各名称に伴う時代的背景を知っておくことが重要である.今後の研究によって,更に新しい名称が生じてくるかもしれないので,本特集では“いわゆる”が付けられている.
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