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Ⅰ.はじめに
下部消化管の診断は,上部消化管のそれと同等に充分に精密・周到でなければならない.このことは私たちの常々主張しているところであり,理窟としては誰でも納得するところである.しかし現実の臨床実際の場面においては,これがなかなかに実行されない.
その理由は種々あげられるが,そのうち最も大きいものは,小腸・大腸の疾患の診断には長時間を要する,したがってその煩わしさが現実の問題としてとっ付きにくくしている点である.また,十二指腸以外の腸管には数々の疾患はあるが,その頻度は日本人では必らずしも大きくなく,したがって上の長時間の努力も徒労に終るかも知れない.たとえば,癌で比較してみると,厚生省の人口動態資料から昭和40年の訂正死亡率は,第1表の通りである.この表で知られるように,食道と胃の癌の合計は小腸・大腸・直腸の癌の合計の,男性ではほぼ十倍,女性でも5,6倍の多きに達する.したがって上部消化管の方が重要であり,また検査が簡易なうえに,癌の発見度数が大きいことは確かである.
ところが1956~1960の年次にピークをもっ胃癌は,その後むしろ減少の傾向にあり,少なくとも横ばいの状態に入った.これに反して腸癌では,いずれもわずかながら,着実にその訂正死亡率が上昇している.米国白人の結腸癌は日本人のそれのほぼ4,5倍であるが,極めて徐々にではあっても,日本人も米英などの方向,すなわち胃癌が減少し腸癌が増加する傾向をとりつつあるといえそうである.
大腸疾患の増加しっっある傾向は,癌のみに止まらず,一般的のものであって,潰瘍性大腸炎などはその好適例である.また,大腸憩室症の症例も増加しているものと思われ,都会ことに東京地方などのように,酪農食・蛋白脂肪食の多い西欧化のっよいと思われる地方に,この疾患は多いように推論される節がある.これを統計処理で比較検討するほどの多数の報告はないが,少なくとも大腸疾患のroutineの検査法に習熟していることは,実地医家の診療実際にも大きく寄与することは疑いない.
癌は,上部消化管に比して少ないことを上にのべたが,しかし癌を除外すべき疾患,あるいは潰瘍性大腸炎を除外すべき疾患の数は,必ずしも少なくはない.過敏性大腸lrritable colon2)と呼ばれている結腸の機能障害を独立疾患的に取り扱うことにすると,この数は等閑視できない多数である.この診断の基準をはなはだ厳重にしている私たちの教室でも便通異常者の数分ノ1を占める.米国の報告では,腹痛患者,消化器患者の50%以上もこの診断である報告が1,2に止まらない.このような機能障害を診断する第1歩は,器質的変化を除外することである.
癌に関するかぎり,大腸ではその発見度数は少なくとも,その診断法が有効・不可欠の方法と評価される率,すなわち診断寄与率とでもいうべきものを比較すれば,大腸検査が上部消化管検査よりも効率がわるいとは決していえない.検査がいわゆる空振りにおわる率はむしろ小さいとさえいえそうである.
したがって大腸を主とする下部消化管の標準的検査法を縷々のべることの意義は,充分あるわけである.しかし検査に長時間を要するという欠点は,早急には消滅しないだろう.これとて体外への開口部(口・肛門)から遠い上に形態の複雑な腸管では止むを得ないのであり,私たちは最近小腸のX線検査を3~4回にわけて順次にみて行く方法をとっているのにくらべるならば,まだまだ十分に簡易の方であろう.従来これらの器官の診断をただの1回の検査で果たそうとしていたことは,あれだけの長さ・あれだけの形の複雑さを考えるとき,少しく虫がよすぎたと反省されるのである.胃の疾患の検査を考えてみても,ただの1回で充分に目的を果たせるケースは必ずしも決してはなはだ多数ではない.
前置きがはなはだながくなったが,私たちの主張をここに率直にのべ,しかるがゆえにわれわれが大腸の診断学の完成に大きい努力を払っている点を,よく理解していただきたく思うのである.
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