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わが“忘れられない症例”は,何と言っても,わが生涯に経験した内視鏡による数々のいたましい偶発症症例である.なかでも,消化管の穿孔例やERCPによる膵壊死例は,もう内視鏡からすっかり離れてしまおうかと思ったほど,受けた打撃が大きかった.
そんな事故の症例は,沖中内科時代,当時の硬性の気管支鏡・食道鏡の大家として有名であった慶應義塾大学の小野穣客員教授に,受講料さえ教室から出してもらって,一人で心細く思いながら,慶應に講習を受けに通ったとき,ボランティアの女子学生の急性cocaine中毒―もちろん局所麻酔―に遭遇したことから,この種の体験が始まった.上記の硬性鏡を購入してもらって,当時は結核の研究グループに所属していて,結核菌の培養をやらされていたが,教室で.一人で硬性内視鏡の検査を始めた.おっかなびっくりでやる検査だから,初めはろくに病変を観察する能力などなかった.それから,常岡健二先生に軟性胃鏡を教わり,胃カメラもやりだし,のちには東京医科歯科大学の稲葉英造先生に川島式の硬性胃鏡を習いに通った.両胃鏡を比較すると,改めて軟性胃鏡の持つ安全性を体得したが,Hirschowitzのファイバースコープ時代に入って,優れた国産ファイバースコープの完成に多少は努力するとともに,このスコープまた内視鏡による医原病と無縁ではないと知った.前投薬は別として,内視鏡先端に一定の硬性部があるかぎり,消化管の穿孔はごくまれながら起こりうるものである.食道穿孔の後の肋間筋を写した写真など,幸いに,その後お目にかからないが,食道穿孔即手術でなくてもよいことも教わった.それにしても,教授回診のたびに,皮下気腫の患者の膨れた顔を見ることは,誠につらく申し訳ないものである.
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