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症例は73歳女性.50歳時より近医にて糖尿病を指摘され,食事療法,運動療法,さらに経口糖尿病薬による血糖コントロールを行っていた.しかし血糖コントロール不良であり,65歳時より糖尿病性網膜症を指摘されていた.同じ頃から尿蛋白を指摘されており,最近腎機能の悪化も指摘されていた.また,70歳頃から近医にて心房細動に対しジゴキシンを0.125mg連日にて投与されていた.平成8年5月中句頃から食思不振,吐気が出現し,当院腎臓病センター受診し入院となった.当院入院時の検査ではBUN57mg/dl,クレアチニン(Cr)5.0mg/dl,Na137mEq/l,K4.9mEq/lであり,血中ジゴキシン濃度1.0ng/mlであった.各種制吐薬を使用するも症状改善なく,また内視鏡上も明らかな異状所見を認めないことから糖尿病に合併した胃腸症状と考え,入院3日目からエリスロマイシン(EM)を600mg/day,分3にて投与開始した.EM投与翌日には,著明な胃腸症状の改善を認めた.EMには消化管のモチリン受容体刺激作用1)があり,糖尿病に合併する胃腸症状に対して有用である2)との報告がなされており,本例もその著効例であった.食事摂取も可能となり,状態は安定していたが,EM投与開始7日目より心拍数40前後となり,血圧も90前後に低下し尿量が減少した.その日の検査ではBUN86mg/dl,Cr6.1mg/dl,Na138mEq/l,K3.9mEq/lであった.血中ジゴキシン濃度の上昇に伴う徐脈と思われた.EMにはジゴキシンの吸収を亢進させ,ジゴキシンの血中濃度を10〜40%増加させることが知られており,EMによる吸収亢進,さらに腎機能の悪化が影響したものと考え,ジゴキシンの投与を0.1mg/dayの隔日投与とした.さらにEMも400mg/dayに減量した.翌日には症状の改善を認め,心拍数も50台なった.
本症例は,糖尿病に合併した胃腸症状にEMが著効を呈したが,それに伴いジゴキシンの吸収亢進をきたし,その効果が増強され,徐脈をきたした症例であった.本例のように,腎機能の低下した症例においてはジギタリス製剤の投与量には十分に注意し,さらに各種薬剤との相互作用には気をつける必要がある.さらに,血清Kなどの電解質にも注意する必要がある.特に透析患者においては,血中のK値の変動が激しく,思わぬ事態に出くわすことがある.したがって,腎不全患者でのジギタリス製剤投与にあたっては,常に血中濃度をモニターしつつ,その投与量,投与間隔にも細心の注意が必要と思われた.また,糖尿病性腎症患者の胃腸症状に対するEM療法も,原因不明の胃腸症状を訴える糖尿病患者には一度試みるべき治療方法と思われる.
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