天地人
ある教授の言葉
地
pp.819
発行日 1980年5月10日
Published Date 1980/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402216540
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最近,渡辺淳一の"白き旅立ち"を興味深く読んだ.これは,日本における志願解剖の第一例となった吉原の遊女,美幾の物語である.この小説に次のような文章があった."正直いって,学識,識見ともに優れた医学者が,最後に「自分の屍体を解剖することを許さない」といって死んだとしたら,ひどく興覚めする部分がある.なあんだ,と思い,いままで優れていると思っていたその人の業績や人格が,すべて嘘っぱちであったような気持にとらわれる".私にもこれに類する経験がある.
もう随分以前のことで,どんな場所であったか記憶も定かではない.定年退職を間近にしたある内科教授が,元気で定年を迎えられるのが嬉しい,在職中に気がかりだったのは死んだら解剖されることだった,これでほっとしたというようなことを話しておられた,当時若かった私は,この言葉を耳にして,ひどくがっかりしたし,その教授を疏ましくも思った.しかし,今考えてみると,その教授は,その重責を深刻に受けとめていたので,退職という開放感から仲間の教授達に素直にその喜びを語っていたのかも知れない.
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