私の意見
「発明のコツ」に学んで
越智 泰澄
1
1川崎中央病院・内科
pp.381
発行日 1966年3月10日
Published Date 1966/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402201226
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医学:「ベルツ」が日本を去るに当り,「日本人の優秀性は認めた」が,「日本人は創造することに努力を払わない」といつている。現在において第一級の医学が行なわれている所は別として,独自の医学を創造することに対する努力は不足しているかも知れない。第二次大戦を境として,大勢の赴く所,やむを得ないとはいえ,新しい流儀が入つて来て,それだけを経験するひとびとには疑問はないかも知れないが,それでも,アメリカ式の激しい勉強を見て来て,このままでは,日本の医学の立ち遅れを取戻せないのではないかと憂いあせる人もあることであろう。また別に,「ものの考え方」はドイツ式の優れていることを新たに体験して,現状に批判的の人も少なくないと思われる。ともにやはり先進国は厳しい道を歩んでいるのではなかろうか。
医療:大正年間において,医療費の未払いが非常に多く出た頃,補う方法として発足したとおもわれる,1点1銭の保険制度から発展したこの制度は,形は変つたにせよ,根本的に不合理なものとは誰しも考えているのに,なかなか改められるものではない。S氏の指摘どおり,明治以降の西洋医の稀少価値,社会的,経済的優位の歴史は諸外国に比し破格のものであつただけに,その間,医療制度の見通し,医療の社会化に対する医師のなまぬるさが禍して,いつの間にか不本意なものに変貌してしまつた今,一挙にこれを覆して改良させられるとは,とても考えられない。
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