話題
化学療法余談—Gerhard Domagkの訃によせて
高橋 功
1
1シュワィツァー病院
pp.840
発行日 1964年9月10日
Published Date 1964/9/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402200451
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去る4月24日Gerhard Domagkの訃が伝えられた。行年68歳だから長命ではなかつたが,生前の業績は偉大であつた。1932年のprontosilの発見によつてかれはノーベル医学・生理学賞をえたことは周知のとおりである。彼のいわゆるSulfonamideの凱歌は,化学療法の歴史に一新紀元を劃した。しかしかれの研究は,さらに結核の化学療法におよび,Conteben,およびNeotebenはWaksmanのStreptomycinとともに結核患者の福音とうたわれた。ついでかれはがんの研究にとりかかり,Trenimon,Bayer E 39などの抗がん剤を産みだした。その間いわゆる抗生物質をライバルとして,しかも化学療法が治療医学界に指導的役割を演じたのは,Domagkの貢献に待つところが多かつた。かれこそ化学療法の大成書である。
そして化学療法の創始者はPaulEhrlichであった。志賀潔との共同研究による「Trypanosomiasis(Schlafkrankheit)の化学療法」がいわゆる化学療法の第一弾で,つぎに秦佐八郎との共同研究によるSalvarsanが,いわゆる魔弾として一世をふうびしたのであつた。1908年のノーベル医学・生理学賞がEhrlichの頭上に輝いた。しかしそのころ抬頭したナチスの勢力は,ユダヤの血を承けたEhrlichを脅迫し,その晩年を寂蓼たるものにした。
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