連載 患者さんは人生の先生・1【新連載】
自分で決める人生の終え方
出雲 博子
1
1聖路加国際病院内分泌代謝科
pp.173
発行日 2014年1月10日
Published Date 2014/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402107299
- 有料閲覧
- 文献概要
2003年春、64歳の女性が、血糖コントロール不良で紹介されてきた。10年来の糖尿病で、各種飲み薬を併用してもHbA1cは8%で、足にしびれがあった。外来でインスリン頻回注射を導入し、自己血糖測定を指導した。その後、本人の注射回数を減らしたいとの希望によりミックス型インスリンの朝夕2回打ちに変更した。大変真面目な患者で、標準体重と良好なHbA1cを維持していた。
1年ぐらい経過したある受診日、「最近食欲がありません」とのことで、自己測定の食前血糖が70mg/dL前後であったため、インスリンを少し減量した。2週間後の受診時も彼女は「胃がむかむかする」と言った。自律神経障害による胃排泄遅延かなとも思ったが、体重も2kg減少していたので、胃内視鏡をしてみることにした。結果は胃癌のなかでも予後の悪い"スキルス"であった。患者は日展の審査委員を務めるほどの芸術家でしっかりしていたので、すぐ本人に診断を伝え、入院と手術を勧めた。すると彼女は「2週間後に上野で展覧会があり、出品作品を仕上げなければなりませんから、今入院することはできません」と言った。いくら入院を勧めても本人の意志は固かった。そして「先生、展覧会に来て下さいね」と入場券を一枚くれた。日曜日、会場に伺うと、素敵な実物大のバレリーナのブロンズ像の前に彼女の名前がついており、「若い頃の彼女はこのバレリーナのようだったのかな」と思ってしばらく見つめていた。控え室をのぞくと、彼女は若い弟子達に囲まれて談笑していた。
Copyright © 2014, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.