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現在,透析医学の広い領域で縦横無尽な活動を続けている畏友・政金生人先生が,表記の単行本を上梓した.臨床各科に治療指針を目指すテキストは数多くあり,透析医療もその例外ではない.透析医療分野での代表的なテキストは故太田和夫先生の「人工腎臓の実際」で,1974年の第1版以来2005年までに改訂第5版が出版されている.この名著を含めて他の同趣旨の書籍と本書の違いの一つは,著者が「患者視点の:patient oriented」というところに大きな力を注いでいることである.医療は患者が訴える種々の苦痛や苦悩を解消または緩和しようとする試みであり,患者の利益・恩恵に思いを馳せない医師は居まい.しかし,これまでは多くの場合,医師の立場からのアプローチであり,本書の著者が目論む視座とは同工異曲なのである.著者にこの姿勢をとらせた主因は,患者が生命維持のために血液透析の場合最低で「週3回・1回4時間」の血液浄化という治療を受け続けなければならないという事実にある.間欠的な血液浄化は過剰水分と有毒な溶質の除去を行うことにあるが,前者の除去には通常血圧低下が随伴して患者にあれこれと不快な症状を招来しがちである.この他に,制限の多い食事や短期的・長期的にさまざまな合併症が待ちかまえている事実に目を背けずに,著者は「患者第一」の姿勢を崩さずに「楽で安全な透析」へと突き進むのである.著者の熱い思いが,紙面からこちらにももろに伝わってくる.昨今はモンスター患者などの到来もあって医療者が患者と一般的にやや距離を置く傾向を感じているが,患者自身や家族との感情的・情緒的な繋がりは円滑な治療の継続に欠かせられない要項であり,本書の随所にこれを達成しようとするスタッフ達の努力を感じ取れる.ただ,これに安住してしまうことは得策ではない.患者第一は患者の言いなりになることではなく,そうかといって医師が,治療の選択などで正論を振りかざして患者側を屈服せしめることでもない.
患者の言い分を出来る限り医療者側の提案に近づける努力をしながら,妥協点を探る方策を本書から学ぶことができる.「知より情」でもなく,「情より知」でもなく,「情と知の二つ」が臨床医学に必須な基盤であることを,著者は至る所で匂わせているように感じる.
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