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はじめに
「ガーナ」と聞くと,皆さんがまず思い浮かべるのはチョコレートであろうか.ガーナ共和国は,西アフリカにある人口2,800万人の小さな国である.アフリカ大陸で最初となる1957年に独立した歴史を持ち,誇り高く,陽気で,エネルギーにあふれた国でもある.しかし,母子の健康は今でも大きな課題となっている.2015年の報告によると,妊産婦死亡率は出生10万人当たり319人,新生児死亡率は出生1,000人当たり23人であった1).母子の死亡リスクが高いのは,妊娠期から産後1カ月である.この間にケアを継続的に受けることができれば失われなかったであろう命はたくさんあるはずである.しかし,母親や配偶者の知識,価値観,経済力に加え,保健施設へのアクセス,人材や資源などの影響によって,全ての母親が継続的にケアを受けることはいまだに難しい.
2012〜2016年の4年間,筆者らは日本の国際保健政策の一環として,EMBRACE(Ensure Mothers and Babies Regular Access to Care)実施研究プロジェクト(以下,EMBRACE)を実施した2).これは,ガーナ保健省,東京大学,国際協力機構(JICA)の共同プロジェクトであり,ガーナの北部,中部,南部の3州6郡をプロジェクト対象地とした.母子の健康を継続ケアの強化によって改善することを目標にして,実現可能で持続可能な母子保健継続ケアパッケージを開発・実施し,その効果を分析することが主な活動であった.
最初に行った現状調査では,母子保健継続ケアの厳しい現実が明らかとなった.当時は,世界保健機関のガイドラインに基づき,妊婦健診4回,保健施設で分娩介助者立ち会いの下の出産,産後健診3回が推奨されていた.この8回の受診のうち,産後1回目(48時間以内)の受診率が25%と最も低く,継続ケアの切れ目となっており,全8回の受診達成率はわずか8%であった.
継続ケアを「妊婦健診4回,施設での分娩介助による出産,産後健診3回の全てを受けること」とあらためて定義し,継続ケアを8%から50%に改善することを目標とした.まずは,4つの介入で構成した母子保健継続ケアパッケージを考案した.一つ目は,継続ケアの切れ目である産後1回目の健診を強化するため,施設で出産した母子には最低24時間入院してもらい,健診を提供する介入である.二つ目は,自宅で出産した母子には,ヘルスワーカーが48時間以内に家庭訪問し,健診を行う介入である.残りの二つは継続ケアを全体的に強化するための介入であり,ヘルスワーカーを対象にした研修と,継続ケアカード(以下,CoCカード.図1)であった.このCoCカードがEMBRACEの成功を握る鍵となった.
本稿では,CoCカードの作成・実施と成功の鍵となった「ナッジ」(nudge)について紹介する.
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