連載 ネパール&途上国・2
有医地帯の中での医(いや)す者の選択
岩村 昇
1
Noboru IWAMURA
1
1神戸大学医学部医学研究国際交流センター
pp.170-172
発行日 1981年2月15日
Published Date 1981/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401206261
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■ボーダーライン="草の根"の人達
ネパールの首都カトマンズ市およびその周辺のバクタプール市,パタン市,さらに農村を含むカトマンズ盆地の住民のうち3分の1は,3時間以内に医師の顔を見ることのできる有医地帯に住んでいる,というのが1979年現在の状況であるが,1964年から1979年に至るまでのあいだつづけて有医地帯であったカトマンズ市内およびタンコート村に住むそれぞれ100世帯について「家族の誰かが病気になったときに,一番初めにどこへ行ったか?」を調べた結果が,前報の表1であった.
さて,この調査の対象になった世帯は1964年度と1979年度で必ずしも同一ではないが,これらの世帯はまず,カトマンズ市の場合すべて,ボーダーライン都市生活者*1か,それ以下の家庭である.たとえば,小学校の校長先生といっても月給は1964年で10,000円,1979年で16,000円相当くらい.それだけで夫婦と子供3人が借家住まいをしている.田舎にも,農地は持たないといった家庭をボーダーライン層として把握すれば,カトマンズではこの程度のボーダーライン層やそれ以下の生活者が1980年末現在で全住民の90%はいるだろうといわれている.以下,こうした住民を"草の根"の人達と呼ぶこととする.
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