随想 明日を担う公衆衛生
栄養をとることの値うち
甲賀 正亥
1
1法務省
pp.425
発行日 1966年8月15日
Published Date 1966/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203300
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私が矯正施設の栄養管理の研究を始めてから30有余年になる。元来,食べることは昔から軽視され,"男子厨房にいらず"とか,"武士は食わねど高楊枝"という諺があったぐらいである。しかし矯正施設の収容者のように,与えられた食事以外は自由摂取できないところの栄養管理を研究しているものにとっては,ふり返ってみて栄養をとることの値うちの今さらながら大きいことに驚く。とりわけ強く感じたのは終戦時である。
終戦時には,ご承知のような食糧難時代,収容者は配給限度内の食生活を行なっていた。従って,栄養失調者が続出し,死亡率は増加した。その原因は,副食物の質的欠陥にあることが明らかになり,刑務所死亡率減少策として,栄養改善の重要性が指摘され,新憲法下の基本的人権確保ということもその緊要性を加え,私がその改善担当官として着任したのである。就任以来,鋭意栄養改善事業の実行に従事した。その改善成果を数学的に明らかにするため,昭和21年から昭和25年の間の収容者の栄養摂取量,体位,体重の推移,罹病率などの消長を調べた。ところが,この終戦後の自然発生的な低栄養状態―それは人為的には再び人権上実行不可能な―を起点として,順次栄養を改善した場合,それに伴っていかに体力が向上し,疾病が減少していくかの大規模な人間実験ともいうべきものであった。
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