随想 明日を担う公衆衛生
地域の保健意識の一側面
小松 寿子
1
1高知大学教育学部
pp.424-425
発行日 1966年8月15日
Published Date 1966/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203299
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私は1人の学校保健の研究者である。5月3日に,社会政策の若い研究家である某氏と一諸に高知市の一角の部落を数家訪問してさまざまのことをそれらの家の人について聞いてみた。その中でとくに印象に残ったのは,その人々が"戦前の方がむしろよかった"といっていたことである。20代の人は,自分らの小さいときは,ドロンコ遊びでもなんでもやりたいことが思いきりできた。今の子どもたちには思いきり何かをやる自由が与えられていないといった。40代の人はこういった。"わしらの若い頃は,人の山でまきを拾ってきてもそれをやかましくとやかくいわなかった。今はこまかいことまで合理性を偉い人らがするようになり,プロパンを使っている。日雇労務者として賃金のもらえる日は,月のうち精一杯20日で,1万円程度の収入である。近ごろ,息子が18才の嫁をもらっているが,足を悪くし運転手ができないのでペンキ屋に勤めている。その収入が少ないので一家が食べていけない。日雇労務者の仕事が終わってからお好み焼の店に出かけて皿洗いをして1万4千円もらう。締めて2万4千円で食べていかなければならない。戦前の方が楽なように思える。疲れて時どき目まいがする。病気ではないかと思うことがある。今の世の中では気を締めつけられるような気がする"
仲間の某氏が「甲状腺がはれているね」といった。ふとみると大きくはれていた。
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