特集 綜合保健活動の推進
主題
綜合保健活動の推進を旗幟に
山下 章
1
1東京都麹町保健所
pp.4-5
発行日 1965年1月15日
Published Date 1965/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401202963
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明治初年内務省に衛生局が誕生した頃から,わが国の公衆衛生活動は始まった。だがその後の数十年は急性伝染病予防だけに終始したといってよく,大正から昭和の初めにかけて,結核,トラホーム,らい,性病,寄生虫病などの慢性伝染病の予防に手が延びるようになり,一方,母子保護法,工場法,労働者災害扶助法,健康保険法などの法律の制定もあり,社会衛生的なものも芽をふきだした。そして昭和12年には保健所法(現行法の前身)ができ,翌年は厚生省,公衆衛生院が和次いで創設され,一応公衆衛生活動の基礎づくりが整った。しかしながらちょうどその頃から始まった大戦争のために,これらがすべて,健民健兵の軍事目的のための人口政策にぬりかえられてしまった。
戦後,新憲法の制定によって,健康であることが国民の権利であると同時に,公衆衛生に対する国の努めが義務づけられた。これによって,厚生省の再編成強化,地方自治法の改正による衛生担当部局の設置,保健所法の大改正による保健所網の整備,各種公衆衛生法規の制定などみごとな基盤ができあがった。その後十数年,この間,実に真面目に精力的に活動は続けられ,ために国民の健康度は急速に向上し,特に結核死亡,乳児死亡,伝染病などはすばらしい減少をきたし,国民の寿命は大幅に延長した。それはそれとして立派な成果である。しかし,社会はそれ以上に早いスピードで進んできている。欧米先進国の衛生状態もどんどん先へ進んでしまっている。
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