特集 住民の保健をいかに進めるか—第5回社会医学研究会・主題報告と総括討論
主題報告
討論
pp.608-609
発行日 1964年11月15日
Published Date 1964/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401202919
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橋本(国立公衆衛生院) 全体を通じて地区組織というものが自主組織なのか,役所の下請組織なのかという問題がつきまとつているのだが,私たちは明治初年来敗戦までの70年にわたる伝染病予防法の衛生組合に関する非常に貴重な経験をもつている。それは明らかに行政の下部組織としてつくられたもので,それがどういう限界をもつているか,どういうマイナスがあつたのかについての反省をしたはずだ。こういう反省をふまえて,戦後すぐはじまつた地区組織活動――東北,信越の山の中で,赤痢や日本脳炎の多発に悩まされた村の人たちが立ち上ったというユニークな事例――が始まり,保健所や終いには厚生省も気づいて音頭をとつて進めようということになつたのが昭和27〜30年頃の段階である。こういう歴史を忘れたくない。
しかし,それがだんだんマスコミにのつてさわがれ,厚生省がそれをとりあげ3カ年計画とかいう形にし,さらにオリンピックを前にしてあらためてとりあげられるようになつてくると,今の演者が指摘したように,下山部組織としての性格がつよく出てくる。その原因としては保健所の担当の人が地区組織を下部組織としてみている,たとえば保健婦さんの中にはそういう人がまだ多いのではないかと感じる。それとうけとる側が下部組織としての姿勢でしか対処しないところもあるのではないか。
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