醫藥随想
紅茶の後
別天 幸兵衞
pp.19
発行日 1952年1月15日
Published Date 1952/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401200981
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戰争中の話である。閑暇を得て孫子呉子などの兵法書を讀んで,その説く處が悉く當時の日本軍の姿に圖星をあてゝ居るのに驚き嘆き且つあきれた事であつた。どの篇を讀んでも,何とかの軍は勝ち,何とかするものは必ず敗けるなどゝ説いている。その必ず敗れ去ると斷定しあるような状態と行動とが,當時の日本軍と日本人にあつたのである。研究所の食堂で,私はいつも此事に論及し私の豫言めいた所論には敗戰主義の消極論として僚友の共感と顰蹙とを買つたものであつた。
戰敗れて茲に6年,つらつら世相國情を察するに,一つとして國運の隆盛を期待する何等の徴候も見當らない。朝には貪官汚吏餘りにも多く,廉官清吏は片隅に追い込まれて,腕を拭いて只嘆いている。街には惡商詐漢のみ横行し,田には惰農,家には妖婦,どこを眺めても,正直者は馬鹿をみ狡猾漢が富み榮えている。
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