保健所のペーヂ
戰後の農村衞生と寄生蟲問題
相良 貞直
1
1千葉縣中央保健所
pp.159-161
発行日 1946年11月25日
Published Date 1946/11/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401200068
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思ひも寄らなかつた敗戰と言ふ事實と其の後に於ける國内の混亂は,戰爭に依る直接的災害及之に伴ふ非衞生的生活は勿論,遂には公衆道徳の極端な低下を來し進駐軍をして我が國の公衆衞生は約50年の立遲れであると言はしめるに至つた。昭和の初頭漸く識者の輿論を喚起してすくすくと伸びつゝあつた我が公衆衞生の若々しい蕾は無慘に,もぎ捨てられ踏みにじられたと言つた感が深い。我々の實感よりすれば50年の立遲れでは無く折角進みつゝあつた公衆衞生が敗戰前後の混亂に依り50年の立遲れ状態に迄逆行したのだと言ひ度く此の點道徳の弛緩低下が誠に惜しまれてならない。此の事は我が農村衞生特に寄生蟲問題に於て痛切に感ぜられる事である。事變の初期まで全國津々浦々の學校にまで賓施せられた寄生蟲定期驅除は勿論,腐熟便の使用,共同肥料溜の設置,改良便所奬勵等の良風は全く影を潜め,食糧事情逼迫と化學肥料缺乏は戰災地自家菜園の勃興に伴ひ,未熟便の濫用を來し又都市より農村への人口移動と言ふ現象を惹起して,寄生蟲蔓延に拍車を掛けた事誠に甚大なものありと言はざるを得ぬ。試みに管下の純農村H村國民學校全兒童に就き,本年7月末調査した蛔蟲卵保有率を觀るに上表の如く全兒童の80.6%に蛔蟲卵陽性と言ふ憂慮すべき状態である事が判明した。
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