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はじめに
環境問題の定義は,いろいろとあり得るが,ここでは,一人の人間や人間社会とそれを取り巻く周囲の環境との関係から生じる問題であると考える.動物や植物やまだ生まれていない未来の世代にとっても環境問題は存在する,と主張する人もあろうが,ここでは,まず,現在生きている人間にとっての環境問題を考える.環境には,自然的な環境と社会的な環境が存在する.この両者を区別することに異論を唱える人もいるであろうが,ここでは,従来の考え方を採用する.また,環境と個人との関係には,一般的に正と負の両面がある.そして,この関係の評価には,視点や価値観や時間スケールなど様々な要因がかかわっており,問題が決まれば一意的に評価が決まるものではないことは留意しておく必要があろう.
従来の考えでは,自然環境と社会環境を区別して考えてきたので,まずは,自然環境に関する問題を考えてみよう.人類は,自然環境を利用し改変して生きてきた.その意味での環境問題の歴史は古い.資源の問題を除くとしても,古くは,ゴミの問題や排泄物の処理などが環境問題の中に入っていた.中国の歴史などで記されているイナゴの害や病虫害などは,後から考えれば環境問題の一つと考えられようが,全貌が把握できなかった当時としては運命と考えざるを得なかったことと思う.自然災害なども,人為の及ぶところとは考えていなかったと思う.しかし,環境に関する理解が深まってくるにつれ,環境問題の範囲は広くなる.ただ昔は,人は少なく土地は広く,生活空間とゴミ捨て場などを分けることが可能であったし,泉や井戸などで清潔な水の確保も容易であったろう.また,高台など自然災害の及びにくいところを選んで生活する自由度も高かったと思われる.資源などが豊かではなく,生活レベルも高くはなかったが,欲望レベルも高くなく,物を大事にし,多くを望まない生活が大規模な環境問題の発生を低くしたのであろう.
社会環境を環境問題に入れるか否かは議論が分かれるところである.何と言っても,社会は人間自らが構成できるものであり,人間が自ら決定できる以上そこでの重要な問題は,政治の問題であり社会経済の問題として考えるべきである,という主張である.不平等や社会正義の問題など,古来から語られてきた問題は,現在でも引き続き存在する.しかし,そのような議論は必要であるとしても,社会環境を環境問題の枠組みで考えることもあながち無駄ではないであろう.自然環境との関係で語られる環境問題も,社会システムの中を通ることにより増幅したりするからである(大規模な自然環境の改変は,政治的な意思決定を伴って実行され大きな社会変化を引き起こす.また,行政の不備は災害などの被害を大きくする).社会システムを客体として把握し,その特性や動作特性を客観的に把握することも重要な視点と思われる.環境問題における政治的プロセスの重要さも,再確認する必要がある.
自然環境問題の発生には,先ほど述べたように,空間スケールが問題となる.局所的な影響ならば,そこを放棄すればよい.広い地域に影響が及ぶから多くの人が問題にするのである.典型的な例は,足尾銅山などの鉱毒問題である.精錬に伴い排出される物質を環境中に拡散させたことから問題は大きくなったのである.このようなことが発生する背景には,コストをかけたくないという経済的欲望と同時に,自然の環境処理能力に関する過剰な甘えがあるように思う.さらにこのような問題を深刻にさせた背景には,都市化に伴う人口集中がある.大気汚染や水の汚染,貧民窟での健康問題などでは,人口集中に伴う社会の変化が汚染物の影響を拡大したことに注意することが重要であろう.
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