- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
労働者の健康をどのように護るのか.産業の発達とともに直面してきたこの課題に対して,労働衛生の分野ではさまざまなアプローチが取り入れられてきた.有害要因下での作業に伴う健康リスクに対しては,工程への新規の導入あるいは日常管理において,健康影響に関する科学的なエビデンスや曝露に対する客観的な測定技法をベースとしたリスク評価を行い,そのリスクの程度に応じた管理を行うアプローチが提唱され,実践されている.そのベースとして,Paracelsus(16世紀のヨーロッパの医学者)の言葉「Dosis sola facit venenum―すべての物質は有毒にも無毒にもなりうる.それを左右するのは量のみである―」に示されているように,量の考慮なしに単に物質の有害性情報のみで健康影響発生の有無を判断してはならない,との考え方が重要である.
全米研究評議会(NRC)による「Risk Assessment in the Federal Government:Managing the Process」(1983年)が提示する,リスク評価からリスク管理へ至る一連のプロセスは,もっともよく知られた枠組みであろう1).リスク評価は,有害性同定(定性的な有害性の種類),量反応性評価(有害性発生確率と量との関係),曝露量評価の3つのプロセスとして提示されている.本稿で取り上げる電離放射線(以下,放射線)のようにヒト発がん性のある有害要因の場合,遺伝子傷害性が弱いなどの一部の状況を除いては,少しでも存在すれば有害事象は発生し,その量が増加すれば健康有害事象発生の可能性(確率)が増加すると考える.そのため量反応性評価においては,疫学研究などによってエビデンスが蓄積されている中・高用量(線量)領域での量反応関係に基づいて,数学モデルによる低用量領域への当てはめが行われる.曝露量評価は,集団での曝露の実態を明らかにするもので,量反応性評価の情報と合わせれば,その集団でのリスクの大きさを定量化することが可能となる(リスク判定).
その結果を踏まえて行われるのが,リスク管理である.科学的な評価であるリスク評価を踏まえ,実行可能性,利益と損失のバランスといった技術的あるいは社会的状況を考慮に入れた上で実行される.定量化された健康リスクのレベルを知り,その受容あるいは低減へ向けたアクションを(社会あるいは個人が)取るためには,リスク評価やリスク管理に関する情報の発信,伝達や理解,さらには,一連のプロセスの透明性や当事者間の信頼の醸成,つまりリスクコミュニケーションが不可欠である.一連のプロセスを図1に示した.
Copyright © 2013, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.