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はじめに
外来診療をやっていると,診療の終わりがけ,まさに「お大事に」と言おうとした時に,患者さんが「ちょっと聞いてもよいですか?」と,身体や健康に関して自分が見聞きした情報の真偽について,回答を求められる場面がしばしばある.結構手強い奇問・難問を持ち込んでくる患者さんもいる.刑事コロンボが一通り尋問を終えた後,「そうそう,もうひとつだけ…」と戻って来て,核心に迫る質問をする場面を彷彿とさせる.その患者さんの表情から,「今日の受診の一番の目的は,その質問だったのだろうな」と思うと,やはり真摯に答えてあげたいと思うのである.
「病気の診断や治療」などついては,ガイドラインやエビデンスに基づいた「一般的な見解」が得られやすいため,患者さんから質問された事柄に対しても,それなりに自信を持って答えることができる.しかし,健康増進や疾病予防に関することについては,医療とは異なった領域からの参入も多く,それらの情報の正当性を尋ねる患者さんの質問に対して,自信を持って答えるのはなかなか難しい.何らかの「経験に基づいた情報」であることが多いこと,あまりにも範囲が広いこと等の理由から,それらの情報について根拠を探すのに困難を伴うからである.「それらの情報にはエビデンスがないから」と切って捨てるのが医療者としての正しい姿勢かもしれないが,中には捨て難いと思わせるものも含まれている.「お婆ちゃんの知恵袋」と呼ばれるような,伝承されてきた生活の知恵には,伝承されてきたなりの理由があると思われる.いわゆる西洋医学には含まれない伝統的な医学体系にも,同じようなことが言えるだろう.また,スポーツ医科学のような,学際的に新しい領域から生まれてきた知見には,予防医学のために活用できる可能性が感じられるものも数多くある.
そこで筆者は,このような質問に答える場合,次の2点を心掛けている.
1) 「自分はその情報を肯定する根拠も否定する根拠も持ち合わせていないので,自分の見解が必ずしも正しいという訳ではない」ということを明確にした上で,自分の見解を伝える.
2) その情報を信じるか信じないかを選択するのは患者さん自身であり,その結果生じる(あるいは生じない)ことに対する責任も患者さん自身にあることを告げる.
自分の健康を管理するのは自分自身である,それがセルフケアの概念である.みんな自分の健康を管理するのに役立ちそうな情報を自分で集める.メディアが発達した現代は,健康に関する情報で溢れている.しかし,それらの情報は玉石混淆,石どころか毒も混じっている.その中から宝石のように貴重な情報を得ようと必死で,その鑑定をわれわれに依頼するのである.
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