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問題の背景
「日本人の食事摂取基準」(1994年までの「日本人の栄養所要量」)1)はわが国における健康栄養政策を支える科学的基盤として知られているが,これは日本人が健康な生活を営むために,日常の食事を通じてエネルギーならびに各栄養素をどれだけ摂取すればよいかを示した基準値である.この策定のための具体的作業は,国の担当行政部局によって組織された全国の栄養学や公衆衛生の専門家による策定検討委員会が,国立健康栄養研究所の組織的支援のもとに実施することが通例になっている.この「食事摂取基準」の最近における主たる課題は,過去の栄養欠乏症予防の時代から近年の生活習慣病の一次予防の時代への変遷に伴う,基本的コンセプトの転換であった.特に低栄養時代には日本人の平均的な必要量に,安全率を加味して給与すればよかったエネルギーの基準値が,その過剰摂取により肥満を招くことが国民保健上問題視されるようになって,この考え方の早急な変換に迫られたのである.1994年の改訂作業においては,すでに同じ趣旨の改訂作業で先行していた英国ならびに米国の食事摂取基準の基本コンセプトをわが国のそれにも取り入れることとし,それまでの「栄養所要量」の抜本的見直しが図られた.
そもそも現代の栄養対策の難しさの一つは,そのリスク閾値の個人差にある.つまり「適切な摂取量」には著しい個人差があり,設定された基準摂取量を個々人に適用すると,ある人にとっては不足する一方,他の人にとっては過剰となる恐れが生じる.栄養素欠乏症を公衆衛生上のターゲットとしてきた時代ならば,要するに基準値を多めに設定すれば大多数の人の需要を充たすことができたわけであるが,その値では一方で摂取過剰をもたらす可能性を増やすことになる.そこで採用された考え方が「確率論」である.すなわち,望ましい栄養素摂取の基準値はその栄養素の摂取不足の確率を最低に抑えつつ,同時に過剰摂取の確率も最低とする量として設定したのである.
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