- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
HIV感染症患者に提供する医療は,HIV感染症とそれに合併する疾患に対する診断や治療などの専門的医療と,HIV感染症患者に対するそれ以外の一般の医療に大別できる.前者はニューモシスチス肺炎に代表されるAIDS指標疾患などの診断と治療,および抗HIV療法,後者はHIV感染症患者の急性虫垂炎,花粉症,腰痛等の診断や治療である.本稿では,それぞれを専門的医療と一般的医療と呼び,主に専門的医療システムを中心に述べる.しかし,未だにHIV感染症患者に一般的医療の提供が困難な状況が現存しており,本稿でも部分的に述べることとした.
さて,わが国でHIV医療体制が構築されてきた経緯を理解するためには,この疾患の歴史を知る必要がある.エイズの歴史は1981年に米国の大都市を中心に発生した免疫不全病の報告に始まる.当時は,原因不明で,有効な治療薬がなく,死亡率が高い病気であったエイズは市民に恐れられ,忌み嫌われた.患者の多くがゲイや麻薬静注者という社会の偏見差別の対象であったこと,エイズ患者が痩せ衰えて死を迎える様子やカポジ肉腫の映像などが市民にエイズに対する恐怖の念を植え付け,「エイズ」は社会のスティグマとして一般市民の脳裏に刻み込まれた.1983年に原因ウイルスであるHIVが発見され,エイズの病態が次々と解明され,感染経路もわかり,感染予防の方法も明らかにされた.しかし,一旦できあがったエイズのイメージによって,次々とエイズパニックが引き起こされていった.医療従事者も含め市民の多くには,かってのイメージが未だに脳裏に焼き付いていると思われる.HIV感染症に対する正しい知識の啓発が,医療や福祉の分野も含めて必要と考える.
病気の発見から約30年が経過した現在,有効な抗HIV薬の多剤併用療法が可能な先進諸国では,HIV感染症/エイズの予後は画期的に改善し,HIV感染症は今や慢性疾患と認識されるまでになった.病院での感染対策上,HIVはB型肝炎ウイルス(HBV)と同様に血液媒介感染に位置づけられており,感染力の比較ではHIVはHBVよりも感染力は弱く,さらに針刺し事故等でも有効な職業曝露後予防方法が確立している.HIV感染症は文字通り,医学的管理ができる慢性の疾患となった.
本稿では,わが国のHIV医療体制の構築の経緯,現状,問題点につき述べることとする.
Copyright © 2010, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.