書評
—迷って選んでためらって—ケアするあなたの倫理学
高山 義浩
1
1沖縄県立中部病院地域診療科
pp.986
発行日 2026年10月10日
Published Date 2026/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.091713550360100986
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“正しさ”に疲れた医療者へ 日常で語る倫理という物語
日々の臨床で,私たちは患者さんに正しい情報を伝え,正しい理解のもとで選択いただけるよう努めている。けれど,地域の病院で高齢者と向き合っていると,そんな「正しさ」を空々しく感じてしまうことがある。自分で選んだはずのことを翌日には忘れてしまう方も少なくないからだ。
もちろん,こうした葛藤は患者さん本人の側にもある。認知症というレッテルを貼られることは,「適切な判断ができない」「病識が乏しい」といった含意がつきまとう。けれど,理解したい気持ちや,自分の人生を自身で決めていきたいという願いまで失われているわけではない。むしろ患者さんは,認知症にまつわる偏見との孤独な闘いを始めている。ベッドサイドで,やり場のない感情の爆発に居合わせたときなど,強く気付かされることがある。本人に意識がある限り,判断能力が完全に失われていることはない。嫌なことは嫌だと言えるし,どう生きたいかを語れる人も多い。治療法という「手段」は選べなくても,自分らしい生き方という「ゴール」を,彼なりの言葉で語ることはできる。しかし,私たち医療者は,ついアウトカム(結果)の適正さを急いでしまう。本当に大切なのは,そこに至るまでのプロセス(過程)ではないだろうか。悩み,迷い,選ぶ—そんな営みそのものが,治らない病を抱えて生きる高齢者の多い現代では,重要な意味を持ち始めている。

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