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21世紀に入り,数年から時に数十年に及ぶ長期入院,療養入院が当たり前だった本邦の精神科医療の旧態依然としたあり方は,ようやく終わりを告げつつある。近年重視されるリカバリー志向の支援では,症状や機能の改善に加え,精神疾患を有する人(精神障害者)が望む,就労をはじめとする社会参加を支援することが重要な要素となっている。具体的には,2005年に制定された「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(略称:障害者総合支援法)のもと,精神障害者の就労移行支援,就労継続支援,グループホームなどによる支援が展開されている。また,気分障害や発達障害を中心とする精神疾患患者が職場に復帰するための訓練として認知行動療法やグループ療法を取り入れたリワーク・プログラムが開発され,クリニックや精神科病院で活用されている。さらに,2020年の「障害者の雇用の促進等に関する法律」(略称:障害者雇用促進法)の改正によって障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わり,差別禁止や合理的配慮に関する規定が設けられたことにより精神障害者の就職件数は大幅に増加している。それでも精神障害者の就労率は依然として低く,また就職後の離職率の高さが課題となっている。
近年,人工知能(artificial intelligence:AI)の発展は目覚ましく,精神疾患患者の就労や復職においても大きなブレークスルーをもたらす可能性がある。AIは個別化された支援や作業能力の客観的評価,リハビリテーションの効率化を可能にし,包括的な支援の実現に寄与する。一方で,人間の意思決定には利己と利他のバランスや情動の働きが大きく関与していることが明らかとなり,これを探究する神経行動経済学という学問が注目を集めている。神経行動経済学は,経済学と神経科学を融合し,意思決定のメカニズムを解明するものである。このアプローチは,精神疾患患者の意思決定や社会復帰プロセスの理解を深め,適切な支援方法の設計に役立つと考えられる。AIと神経行動経済学の融合や導入は,この分野に新たな地平を開く可能性を秘めている。

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