連載 臨床医が病院長になった日・23
あえて「プレイングマネジャー」から抜け出さない病院長の日常
野村 務
1
1令和あらかわ病院
pp.224-225
発行日 2026年3月1日
Published Date 2026/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.038523770850030224
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■大学勤務医が新たな地域病院の立ち上げを命じられる
私は2023年4月から東京都荒川区の日本医科大学特別連携病院令和あらかわ病院(240床)で院長を務めております.その場所には80年以上前から東京女子医科大学東医療センターがあったのですが,2022年1月に足立区に移転となるため,荒川区の要請で日本医科大学と密接な関係がある医療法人社団正志会が新たに災害拠点病院となり得る規模の病院を開設することが決定,1学年上で私の兄貴分である消化器外科の大学院教授から院長として立ち上げに関わるように命じられました.
私は1987年に日本医科大学を卒業,以降日本医科大学一筋で学生時代も入れれば40年以上千駄木(大学のある地名)に通っておりました.大学では上部消化管(食道),ヘルニアが専門で,その部門の責任者も長く務めており,また教育では臨床研修センター副センター長でありました.常に論文や学会の抄録を書き,秋になると3年おきに科研費の申請を気にするという典型的な大学病院の医師でしたが,新病院立上げという畑違いの重責を任せられたわけです.定年より2年早い61歳の2022年3月に日本医科大学を退職,4月から外来診療のみ開始する令和あらかわクリニック院長として診療を行いながら翌年の病院立ち上げの準備に入りました.

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